んとそんな風に思い詰めてきていた。
工場に慣れていないからとて、そんなへまなことをする人ではない! 殺られたのだ!――と彼女は信じた。しかし、不思議に彼女は涙も出なかったし、悲しいとも思わなかった。底の底では判然とそれを信じ切っていないのだった。むしろ、いまに帰ってくるに相違ないとさえ思っていたのだった。
その晩遅くなってから、十一時過ぎに、工場の監督が彼女を訪ねてきた。それが工場の監督と分かると、彼女は先手を打った。
「松島の死体は、いったいどうなっているんでしょうね?」
「…………」
監督は黙ってお辞儀をした。
「怪我をしたのなら、どうしてその時すぐに知らせていただけなかったのか、それがわたしにはどうしても分かりませんわ」
「実は、すぐお知らせするはずだったのですが、あまりひどかったものですから、かえってお目にかけないほうがよかろうということになりまして、すぐそのまま病院のほうへ……」
「まるで品物ですのね。あんまりじゃないでしょうか? あんまりですわ! それで、死んだのは本当なんでございますか?」
「まったく、お気の毒ともなんとも……」
「本当のことをおっしゃってください。本当はあなたが、松島にいられたんでは具合が悪いので、どこかへ行ってもらったんでしょう」
「いいや! 本当に亡くなられたんです。これはわずかばかりですが、工場のほうからの遺族|慰藉料《いしゃりょう》というわけで、お香典なのですが、まあ、これを何よりの証拠と思っていただきたいんです」
監督はそう言って、彼女の前に封筒を出した。
「まあ! それが松島の死んだ証拠だというんですか? どうして死体をひと目見せてはくれないのでしょうね」
「それはさきほども申しましたように、とてもひどかったものですから、お目にかけたらいつまでもいつまでも目に残ってお困りだろうと存じまして、いっそのことお骨にしてからお目にかけたほうがよかろうということに……、みなの意見だったものですから」
「でも、わたしは見なければ信じられませんわ」
「わたしのほうでは実を申しますと、最初に少しばかり怪我をして、それが原因でだんだん悪くなって亡くなったようにお知らせしたかったのです。なるべく、びっくりさせ申したくないと存じまして」
「どうして本当のことをおっしゃってはくださらないんでしょうかね? あなたのほうでは他の職工さんたちに
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