さん、そんな心配までしねえだって。さあ、風邪引ぐがら。」
「うむ。小便しさ起ぎだのだげっとも、動がれなくなったはあ。――俺、米の無くならねえうぢに死にでぇんだ……」
「そんなごと言って、まだ死んでられめちゃ、婆さん。」
お美代は、蹲《しゃが》んでいるお婆さんを、後ろから、室の中に抱き入れた。
床の中は冷たくなっていた。夜の冷気は犇々《ひしひし》と身に迫って来た。お婆さんは、両足を縮《ちぢ》めて、小さくなって見たが、やはりぞくぞくするばかりであった。だが、寝床の中で震えながらも三十分間ばかり我慢して見た。
併し、お婆さんは、いつまで経っても、もう寝床に親しむことが出来なかった。このまま凍り付いてしまいそうにさえ思われた。
「松! 松! 松やあ!」
お婆さんは、お美代を起こす気にはなれなかった。
「松やあ! お湯わかして呑ませで呉《け》ろ。」
併し、誰も返事をしてくれるものは無かった。お婆さんはまた自分の寝小便を思い出した。眼だけが温かくなって来た。
しばらくすると、誰か囲炉裏《いろり》の方へ起きて行く気配がした。お婆さんは耳を澄ました。足音は戸外へ出て行った。ごくりと唾を嚥《の》み下《くだ》して、お婆さんは出来るだけ小さく身を縮めた。
静寂《せいじゃく》な闇の中に、やがてハリハリと杉の枯れ葉の燃える音がした。続いて枯れ柴のパチパチと燃え上がる音がして来た。
「婆《ばば》さん、今すぐわぐがらね。」
お美代が、自分の家で拵《こしら》えた粗末な燭台を手にして這入《はい》って来た。お婆さんは、感謝の念だけで口がきけなかった。その灰色にまで垢染《あかじ》みた枕は、ぐっしょり濡れていた。
「なんだけな婆さんは、枕、こんなに濡らして……」
お美代はこう言って、お婆さんの白髪頭を持ち上げ、濡れた枕を裏返しにしてやった。
「すぐわぐがら……」
お美代はすぐ囲炉裏端へ引き返した。
台所で器物を探す音がしばらくしていた。そしてお美代の持って来た茶碗の中には、その底にぽっつり味噌が入っていた。
「味噌湯の方、身体《からだ》温《あった》まっていがんべから……」
お婆さんは床の上に起きかえって、茶碗を、両手で捧げるような手付きで、フウフウと吹きさましながら、続けて二杯も呑んだ。
「ああ、美味《うま》がった。甦《いきげ》えったようだちゃ。身体も温《あった》まって……」
「ほ
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