恥《はじ》ず 東南より海を入て 江の中三里 逝江の潮をたたふ 嶋々の数を盡して 欹《そばたつ》ものは天を指ふすものは波に匍匐 あるは二重にかさなり 三重に畳みて 左にわかれ 右につらなる 負るあり 抱るあり 兒孫愛すかことし 松の緑こまやかに枝葉汐風に吹たはめて 屈曲をのつからためたるかことし 其気色|※[#「穴かんむり/目」、第3水準1-89-50]《よう》然として 美人の顔を粧ふ ちはや振神のむかし 大山すみのなせるわさにや 造化の天工 いつれの人か筆をふるひ詞を盡さむ」
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芭蕉はこう記してありますが、これは、単にその風景の形態だけを描いているもので、そこには何等の色彩――地方色――をも出ていないように思います。私はむしろ島崎藤村の『松島だより』を執りたく思います。島崎藤村は、『松島だより』の中で、松島を描くと同時に、東北地方の地勢のことにも触れていますが、これなどは、その地方色をよく描き出しているということが出来ましょう。
島崎藤村『松島だより』
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「東北の地勢は広濶なる原野なり。山嶽の偉大なるもの相比肩して互に馳せ互に没するは中国の奇葩《きは》、東北の山脉はしからず、寧ろ広大なる丘陵の原野を走るが如き観をなせり。山もとより少なからず、しかも変幻出没して雲表に豪然たる偉容を作れるは少なし。中国の山は立てり、東北の山は横はれり、紫苑《しおん》の花萩の花女郎花もしくは秋草野花をもてかざりとなせる宮城野の一望千里雲烟の間に限り無きが如きは、独り東北の地勢にして中国に見るべからざるの広野なり。この地勢に作られこの原野にさそはれて、吾国第一勝の松島は成れり。」
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藤村の眼は鋭いと思います。
仙台を取り入れているものでは徳富健次郎の『寄生木《やどりぎ》』があります。
徳富健次郎『寄生木』
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「出れば停車場の広小路。人の声、車の響《おと》、電燈、洋燈《らんぷ》の光、賑やかで、眩しくて、美しくて、良平は胆《きも》を潰した。眼前には巍々堂々《ぎぎどうどう》たる洋館、仙台ホテル、陸奥ホテル、和風では針久、大泉、其他数知らぬ旅館がある。懐淋しい良平は、毛布包をかゝへて、芒然として広小路に立つて居た。「御得意の阪本でござい。毎度御引立難有う御座りやす。奈何《いかが》ですか旦那、大分夜も遅うござりますぞ。精々《せいぜい》勉強して一泊二十五銭、いかゞでがす」宿引が良平の顔を覗き込むだ。二十五銭は案外|廉《やす》いと思つて居ると、宿引は良平の毛布包を引たくつて、卵提燈片手に『お客様』と店先に駈け込んだ。」
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これは、徳富蘆花の『寄生木』の一節でありますから、発表されたのは明治四十二年でありますが、これを描写したのは、作中の主人公篠原良平が仙台へ飛び出して来たときのことでありまして、篠原良平が少年の眼で見たときの仙台だといたしますと、明治二十年代の有り様でありますから、今の仙台は、酷《ひど》く変わってしまっていますが、それでも、四十年前の仙台を想像させるものは十分あるように思います。
岩手県の渋民村辺を描いているものに石川啄木の『天鵞絨《びろうど》』があります。
石川啄木『天鵞絨』
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「村といつても狭《せま》いもの。盛岡から青森へ、北上川に縺《もつ》れて|逶※[#「二点しんにょう+施のつくり」、第3水準1-92-52]《うねうね》と北に走つた、坦々たる其一等道路(と村人が呼ぶ)の、五六町並木の松が断絶えて、両側から傾き合つた茅葺勝の家並の数が、唯九十何戸しか無いのである。村役場と駐在所が中央《なか》程に向合つてゐて、役場の隣が作右衛門店、萬荒物から酢醤油石油|莨《たばこ》、罎詰の酒もあれば、前掛半襟にする布帛《きれ》もある。箸で断《ちぎ》れぬ程堅い豆腐も売る。其隣の郵便局には、此村に唯一つの軒燈がついてゐるけれども、毎晩|黙火《とも》る譯ではない。」
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この一節の中で、最も興味を引くのは、役場の隣の店の「……箸で断《ちぎ》れぬ程堅い豆腐も売る……」というところであります。このような部落の風景や、このような居酒屋は、他の地方にも無いとは言い難いのでありますが、堅い豆腐は東北の名物ともいうべき独特のものであります。
東北の冬を描いて雪を取り入れない人は殆んどいないようです。
久米正雄『雪の驛路』
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「雪を被つた[#「被つた」は底本では「被った」]、そして処々眞黒な屋根々々が、不揃ひに並んだS町の向うには、狭い町幅をすぐ越えて、一面の田野が処々に杜を黒ませたり、畔のやうな区畫を見せたりして、広く続いてゐた。そして其盡きるあたりに、黒い帯を曳いて、可な
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