り大きな川が流れてゐた。それから先きは丘上りに、段々高くなつて行つて、其向うを劃つてゐるのは、襞の多い屏風のやうな連山だつた。その山々の頂は斜に洩れた日を受けて、寒さうにきらきら光つてゐた。」
[#ここで字下げ終わり]
 これは久米正雄氏の『雪の驛路』という小説の中の一節であります。東北には相違ないのですが、果たしてどこかということは判然《はっきり》しませんけれども、私は福島地方だと思います。地勢から申しましても、家並みや杜の様子からいたしましても、東北独特の地方色を出しています。いかにも東北の冬を感じさせるものがあります。

 白鳥省吾氏にもまた『雪の馬上』という東北の積雪の日を歌った詩があります。
 白鳥省吾『雪の馬上』
[#ここから2字下げ]
「大きいマントを身に纒ひ
雪の馬上に跨れば
僕《しもべ》は曳きて門を出づ
二尺に餘る堅き雪
霏々としてまた雪が降る。
車通らず人行かず
見渡す野山一色に
雪を飾りて音もなく
空に綾織る雪の舞
病を得たる身にかなし。
停車場までは路三里
その半ばにて雪霽れぬ
眩ゆき聖き荘《おごそ》かの
雪の世界をざくざくと
歩む馬こそわが身こそ
現世ならぬ尊さよ。」
[#ここで字下げ終わり]
 東北の積雪の感じは出ていると思います。

 秋田地方の地方色は、金子洋文氏の『鴎』とか『赤い湖』とかいうような短篇の中によく出て来ますが、私は『牝鶏』という戯曲の背景の中に、如実にそれを見ることが出来ると思います。
 金子洋文『牝鶏』
[#ここから2字下げ]
「春の黄昏近く、
東北にある湖畔の百姓家。
 春の黄昏近く、開けつぱなした広い土間から美しい八郎潟の景色がみられる。
 謙吉が土間に轉つてゐる木|臼《うす》に腰かけて、湖の方に眼をやりながら、ぼんやり考へこんでゐる。近くにお銀が立つてゐる。
 間――。
 遠く湖面を帆かけた小舟がのんびり通りすぎる。
 蛙の声。」
[#ここで字下げ終わり]
 これは『牝鶏』の冒頭の説明でありまして、これだけでは地方色も何もありませんが、舞台の背景となりまして私達の眼の前に展《ひら》けますと、私達はそこから判然《はっきり》とその地方色を感じさせられます。
 金子洋文『鴎』
[#ここから2字下げ]
「鯡《にしん》船が河に十数艘|入港《はい》つた、鯡がピラミツド型に波止場の各所に積みあげられた。
 鴎が海を越えて何処からとなく集つて来た、そして低い空をきやんきやん鳴きながら飛びまはつた。その下で古川町の子供等が鯡を盗んだ。
 日曜で好い天気であつた、風が相変らず冷たかつたが、柳小路の奥の土藏が三つ額をあつめてゐる空地は、雪を吸ひこんだ新しい土がぽかついて、いいにほひがしてゐた。
 子供等は一人もしくじらなかつた。前掛の中にそれぞれ四疋の鯡をしのばせて帰つて来た。そこで空き地に遊んでゐた鳩を追ひ拂つて、そこへ藁莚を敷いて皆が坐ることにした。
 三郎といふ女のやうにきれいな子が自家の店棚から清酒の四合壜を一本盗んで来た。それから廻船附船屋の吉太郎が、銅貨箱から盗んで、赤い下帯へかくしておいた二銭銅貨で、豆腐と葱を買つた、醤油や、七輪や鍋は空地に一番近い豊公の家から持ち運んで来た。」
[#ここで字下げ終わり]
 これも金子洋文氏の『鴎』という短篇の一節で、ここには、土崎港辺の海岸の地方色が、判然《はっきり》と出ています。

 約束の三十分が参りましたから、私の「文学に現れたる東北地方の地方色」は、これぐらいにいたして置きます。
[#地から2字上げ]――昭和七年(一九三二年)八月二十八日放送――



底本:「佐左木俊郎選集」英宝社
   1984(昭和59)年4月14日初版発行
初出「文学に現れたる東北地方の地方色」仙台放送局
   1932(昭和7)年8月28午後6時30分〜午後7時
入力:田中敬三
校正:林 幸雄
2009年3月28日作成
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