姉の職業に対する伸子の疑惑は、遙かの以前から、落下する物体のように加速度をもって継続して来ていた。それは姉の美佐子が、時折、他所《よそ》に泊まって来るところから出発した。それに、美佐子の生活は、伸子の眼から見れば相当に贅沢《ぜいたく》なものであったから。
伸子は最初、姉は商事会社のようなところへ、女事務員として務めているものと信じていた。従って、彼女は姉と一緒に生活をするようになっても、そこから女学校に通おうとは思っていなかった。自分もどこかに務めて、そして、姉と一緒に暮らして行こうと、伸子は考えていたのであった。
ところが、そこには幸福な楽園の生活が待っていた。伸子は務める必要がなかったばかりか、彼女は女学校へ通わしてもらうことになったのであった。そして姉は毎日務めに出て行った。遅くなって帰ることが始終だった。
「会社の方、今とても忙しいのよ。」
美佐子はそんなことを言った。
「遅くなって、伸ちゃんには気の毒だけど、でもまあいいわ。その代わり手当をたんともらえるんだから、今にいい着物《きもの》を買って上げてよ。」
そんな風に美佐子は言った。そしてどうかすると美佐子は泊まって帰った。それがたいてい土曜日の晩であった。
「明日は日曜だからって、とうとう徹夜をさせられてしまったのよ。淋しかったでしょう? その代わり今にいいものを買って上げてよ。」
併し伸子は、そんな時に限って、姉の行動を疑わずにはいられないような新聞記事を読んでいるのだった。彼女が新聞を読むのは日曜の朝だけであったが、そこには若い女性の犯罪が幾つも報道されていた。男装をして大胆《だいたん》に強盗を働き廻る女性。良家の令嬢を装って窃盗《せっとう》をする不良少女。それらのどれに当《あ》て嵌《は》めて見ても、姉の美佐子の行動は当《あ》て嵌《は》まるのだった。そして注意して見ると、そんな時に限って、美佐子の洋服には青い草の汁がついていたり泥がついていたりした。一体姉はどんなところに務めているのだろうか? そして、どれだけの給料をもらっているのだろうか? 伸子の姉の職業に対する疑問は激しくなって行った。美佐子と伸子との生活に美佐子の投げ出す金額は、とても女事務員としての、給料とは思われなかったから。併し、美佐子はいつも無事に帰って来た。それは新聞記事の上で、その女性の犯人が巧妙に姿を晦《くら》まし
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング