秘密の風景画
佐左木俊郎
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)物の墜《お》ちる音
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って
−−
一
伸子は何か物の堕《お》ちる音で眼をさました。陽が窓いっぱいを赤くしてガアンと当たっていた。いつもの習慣で、彼女はすぐ隣のベッドに眼を引き寄せられた。ベッドは空《あ》いていた。姉の美佐子は昨晩も帰らなかったのだ。
昨晩も扉に錠をせずに眠ってしまったことを伸子は思い出した。床の上に朝刊がおちていた。彼女の眠りを醒《さ》ましたのは、その配達が新聞を投げ込んで行った音だったのだ。
伸子は新聞を取って来て、もう一度ベッドの中に潜り込んだ。日曜なので急いで起きる必要がなかったからである。――だが、伸子は一つの記事に衝《つ》きあげられて跳ね起きた。
「洋装美人の女賊○○署の手に捕わる」
彼女はベッドの上に蹲《うずくま》るようにして、恐怖に衝き揺られながら、驚きの眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ってその記事を読んだ。
[#ここから1字下げ]
二十日午後七時半、京橋区銀座西四丁目宝石貴金属商新陽堂の店頭に、年齢二十二三の洋装婦人が現われ、客を装い、宝石入純金指環三個を窃取《せっしゅ》して立ち去ろうとするところを、私服にて張り込み中の○○署杉山刑事に捕えられ、直ちに引拉《いんら》された。犯人は盗癖を持つ良家の令嬢のようでもあるが、一時に三個を窃取した点から推して、いつも同一手段で市内各所でこの種の店頭を荒らし廻っていた窃盗常習犯の疑いがあり、目下厳重に取り調べ中である。
[#ここで字下げ終わり]
伸子は顔が真っ赤になった。彼女は何度もその記事を繰り返して読んだ。そして彼女は、姉の秘密な生活に対する自分の疑いが、最早《もはや》それで解《と》けてしまったような気がするのだった。
併し、それが解《わか》って見たところで、伸子にはどうしようも無かった。彼女は胸の中を掻《か》き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》りたいような気持ちで深い深い溜め息を一つした。そして彼女はもう一度ベッドの上へ横になった。
二
次へ
全6ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング