《い》がすちゃね……」
「どこを見ても、みんな緑だ。実に新鮮な色彩だ。それに、土の匂いがするし……。ほんに、田舎に限るな。」
彼は独り言のように言った。
梅三爺も爛《ただ》れた眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》るようにして四辺《あたり》を見廻した。鼻もうごめかしてみた。――しかし、雑草の緑が沁みついた梅三爺の瞳には、決して新鮮な眺望ではなかった。すがすがしい土の香《かおり》も、既に全身に沁みつくして、彼の嗅覚《きゅうかく》を刺激するようなことはなかった。美衣美食の生活者が、美衣美食を知らぬと同じ悲しさが梅三爺の上にもあった。
「東京になざあ、こうえな青々したところ、どこにも有《が》すめえもねえ。」
「え。ずうっと郊外、在の方へでも行かなければ……。なんと言っても、田舎のことですね。全く、百姓の生活に限る。」
彼は語尾を独り言のように結んで首を項垂《うなだ》れた。
竜雄は、三年前に東京へ出て行った。高等予備校に通って、高等学校の受験準備をするのが目的であった。しかし、彼は三度の入学試験に、三度とも撥《は》ねられた。今の彼の心には、田園生活がとぐろを巻いているのであった。
「そうで有《が》すべかね?」
「どうも僕なんかには、東京は適当《むか》ねえようだね。うるさくって、うるさくって。あれじゃ、気が荒くなるのも無理はねえですよ。ちょっと電車へ乗るんだって、まるで喧嘩腰だもの。――さあ、どうです一本……」
竜雄は、ポケットから「敷島」の袋を取り出して、梅三爺にすすめた。
「あ、宜《い》がすちゃ、宜《い》がすちゃ。」と、梅三爺は辞退して、「ヨーギ、其処《そっ》から、どらんこ[#「どらんこ」に傍点](煙草を入れる佩嚢《どうらん》)持って来う。――ほして、汝《にし》も少し休め。うむ、ヨーギ。」と一本の小さな栗の木を指《さ》しながら言った。
鎌を持って立っていたヨーギは、向こうの栗の小枝にかかっている佩嚢《どうらん》を取りに駈けて行った。その間竜雄は、無言のまま梅三爺の前に「敷島」の袋を突き出していた。
「や、これはこれは、どうもまあ……」
梅三爺は勿体《もったい》なさそうにして、恭《うやうや》しく一本の煙草を抜き取った。併し、抜き取っては見たが、この貴重なものに、火をつけたものかどうかと、暫く躊躇《ちゅうちょ》の様子を見せた。その間に竜雄は、無雑
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