ないのだ。
 併しヨーギは十二の少年ながら、一層元気に、草を刈り灌木を伐り倒して、父親の鍬先を拓《ひら》いて行った。よし[#「よし」に傍点]は黒奴《くろんぼ》の小娘のように、すっかり土にまみれながら、父親が土の中から掘り出した木の根を、一本ずつ運んで行って、冬籠りの薪を蒐《あつ》める役を、自ら引き受けていた。
 梅三爺は、自慢の重い唐鍬《とうぐわ》を振り上げ振り下ろしながら、四年前に、――この村にいたのでは、何時《いつ》まで経ってもうだつ[#「うだつ」に傍点]があがらないから、どこか、遠くへ行って、一辛抱《ひとしんぼう》して、自分の屋敷だという地所を買い求めるぐらいの小金でも、どうにかして蓄《た》めて来たいと思うから。――という書き置きをして行方《ゆくえ》を晦《くら》ました伜《せがれ》の市平《いちへい》のことを思い続けた。「あの野郎も、手紙ではいいようなごとを言って寄越したが、どんなごどをしてがるんだか? 天王寺《てんのうじ》の竜雄《たつお》さんなんざあ、中学校を出て、東京で三年も勉強してせえ、他所《よそ》さ行ったんじゃ、とっても駄目だって帰って来たじゃ。あの野郎も、帰って来っといいんだ。」梅三爺は今日もこんなことを思い続けているのであった。
 市平がいなくなって以来、彼のことは殆んど思い諦《あき》らめ、折々思い出しても、ただ身の上を案じているに過ぎなかったのだが、最近になって、ああして手紙を寄越されて見ると、梅三爺は市平を呼び寄せたいような気がした。腰が痛み、身体《からだ》が草臥《くたび》れるにつけても、「あの野郎せえいれば、俺もこれ、じっかり楽なんだが……」と思わぬわけには行かなかった。世間の噂が、竜雄と市平とをいい対照にしているように、それは梅三爺の心からも離れないことであった。
「畠おこすがね?」と遠くから、聞き慣れない声で呼び掛けるものがあった。
 梅三爺は唐鍬の柄《え》を突っ立て、その声のする方を見た。誰かが此方《こっち》に近付いて来た。併し冬籠りの小屋に漂う煙と、過激な労働の疲労で、すっかり視力の衰えた、赤く爛《ただ》れた彼の眼は、判然とそれを見ることが出来なかった。
「ヨーギ。誰だ?」
 梅三爺は、※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》く眼と共に口まで開いて、低声《こごえ》でこう訊《き》いた。
「誰だべ? ――郵便配達《ゆうびんへえたつ
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