みれの、大きなごつごつした足を、それに突っ込んで見ようとした。
「父《おど》! 駄目だ、父《おど》。足さ合わせて拵《こせ》えだのだがら、父《おど》足さなど這入《へい》んねえがら……」
「ほだべがな。俺《おら》足は生来《うまれつき》、靴なんか穿《は》ぐように出来でねえんだな。」と言いながら、半分ほど穿いたのを、梅三爺は難儀して脱いだ。
「天王寺あたりの人達、この長靴、じろじろど見でだけちゃ。」
 こう言って市平は、ポケットから「敷島」の袋を取り出した。
「ほださ。ここらへんに、これだけの長靴、持ってる人は無《ね》えもの。――巻き煙草は強くてな。」
 併し、梅三爺は一本抜きとった。
 市平も梅三爺も、村の人達の、「市平も、偉ぐなったもんだな。」という声を、自分の耳底に聞くような気がした。――梅三爺は、自分の伜ながら、市平があまりに偉くなってしまったような気がした。それは悦びばかりではなかった。爺は肝心な用事、市平を再び百姓の生活に引き戻すことについて言い出すことが出来なかった。
 夜になって、色|褪《あ》せた一張の襤褸蚊帳《ぼろがや》が吊られた。市平にはそれが、なんとなく懐《なつか》しかった。涙含《なみだぐ》ましくさえ思われた。そして親子四人は、暫くぶりで一枚の布団《ふとん》にもぐりこんだのであった。ヨーギとよし[#「よし」に傍点]とは、昼の疲れですぐ眠ってしまった。併し、梅三爺も市平も、心が冴えているようで、それに蚤《のみ》がひどいので、なかなか眠ることが出来なかった。二人は長い間、寝返りを打ち続けていた。
「父《おど》も、一人では、ながなが大変だべな。」
 市平は、こう父親に話しかけた。
「うむ。ほんでな、俺《おら》は市平に、貴様が、せっかく出世しかけだどこだげっとも、一つ家《うち》へ戻ってもらうべかと思ってな。ほんで……」
 梅三爺は遠慮勝ちな調子で言った。市平は、暫くの間黙っていたが、やがて、しんみりとした調子で言った。
「ほだら父《おど》、父《おど》も北海道さ行がねえが? 北海道さ行って、鉄道の踏切番でもすれば……! 踏切番はいいぞ、父《おど》!」
「鉄道の踏切番? 洋服《ふぐ》着て、靴はいでがあ? 俺《おら》に出来んべかや?」
「なんだけな、あんなごと、誰にだって出来る。汽車来た時、旗出せばいいのだもの。」
「ほだって俺《おら》、洋服《ふぐ》着たり、靴穿いだ
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