どこへまで工場を建てるなんて。糞面白くもねえ。」
「われわれ、われわれの言い分を通さねえうちは、どんなことがあったって建てさせるものか。俺、何時か、甚さんに言ったことがあったけがよ。耕地を潰して工場を建てたって百姓をやめて職工になるものがあったって、金目にしてその工場から、耕地から収穫していた以上の収穫があればそんでいい筈だって。――ところが、いくら収穫があったって、われわれ、同じことなんだ。耕地を潰しちゃ奴等だけ膨らんで、われわれは一向に同じことなんだ。」
 重次郎も、眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]りながら、叫ぶように云うのだった。
「あそこへ工場を持って来るなんて、百姓するものは、一体、何処へ行って百姓をすれあいいんだ?」
「工場の方じゃ、われわれの耕地を潰して置きやがって、幾ら儲かったって、われわれには全然同じことなんだから、そんで、われわれも、黙っちゃいられなくなって来たんだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。」

       七

 部落の中央部にあった台地の上は、人家で埋め尽されて、完全に住宅街になっていた。
 空から続く腕のように、南向きの斜面を抱込んでいた雑木林は、何時の間にか伐払われて、赤黒青、三色の瓦に埋め尽されていた。そしてラジオのアンテナの竿がその屋根屋根から林立していた。
 瓦の海の沖の方では、空高く組まれた捲揚機が、カラカラカララララと、ひっきりなく鳴り、黒煙に濁った空から、鉄骨の長い手を差伸していた。大きな煙突がそのところどころから、幾本も幾本も、黒い煙を吐いていた。そして瓦の海は、隣り部落を乗越え、何処までも何処までも拡って、青葉の中に消えていた。
[#地から1字上げ]――一九三○・四・二五――



底本:「日本プロレタリア文学集・11 「文芸戦線」作家集(二)」新日本出版社
   1985(昭和60)年12月25日初版
   1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「都会地図の膨張」世界の動き社
初出:「プロレタリア文学」
   1930(昭和5)年6月号
入力:林 幸雄
校正:浅原庸子
2002年3月12日公開
2005年12月17日修正
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