ているのは、或る国の特権階級だけではないか。
「あなた! 今日は、お出掛けにならないんですの!」
「あっ! 出掛けるんだ。」
 彼は、忘れていたというようにして起き上がった。
「厭でも、乗りかけた船だから、仕方が無いわね。」
「うむ。」
 彼女の言った皮肉が皮肉として通じないのだ。彼はそそくさと支度をして出て行った。
 三枝子は、夫が出て行ってしまってから、あの時、何故《なぜ》、ばたばたと畳みかけられなかったのだろう? と、自分が経済上の責任を負いながら、いつも夫の前に頭のあがらないような自分を後悔した。
 彼女は、不愉快な自分の気持ちを紛《まぎら》わそうとして、恵子の手を引いて分譲地の荒れ野原の方へ出て行った。
 恵子は、母親の前に立って駈け歩いた。すると向こうから、姫苦蓬《ひめにがよもぎ》や荒地野菊《あれちのぎく》の雑叢《ざっそう》の間を、静枝が此方《こちら》ヘ歩いて来るのだった。静枝は女優のように着飾っていた。
「まあ、静枝さん! どこへいらっしゃるの?」
「…………」
 静枝は顔を赧《あか》くして、腹を抱えるようなお辞儀をしながら、薄紫の縁取りをした桃色のハンカチで口を抑えた。
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