ろう?
 三枝子はそんなことを思いながらそこの四辻を左に曲がった。
「おい! 三枝さんかい?」
 薄暗がりから、そう言って街燈の下の明るみへ出て来たのは、彼女の夫だった。
「まあ! あなたなの? 私、びっくりしたわ。」
 彼女は立ち止まって夫を待った。夫は、彼女が今来た路とは直角に、あの女の声のしていた方の路から来て彼女と一緒になった。
「今日も、遅いんだね。」
「明日は日曜だから。どう? あなたの職業《しごと》の方は。やっぱり駄目?」
「うむ。どうも……」
 遠廻しに! と彼女が、瞬間的に考えたプランを置き去りにして、二人の話は、深刻な加速度をもって、彼の職業の上に落ちて行った。

     二 絶交

 翌朝《よくあさ》になってから三枝子は自分の心の中に一つの芽を感じた。今までに経験したことのない感情が動いているのだった。
 毎日職を漁《あさ》りに出て行く夫が、家庭の外でどういう行動を取って帰って来るのか? 三枝子は瞭然《はっきり》とそれを知りたい気がした。朝に出て夜に帰って来るその間には、どこかへ勤めをして、なおそこに一つの生活を持ち得る時間の余裕があるのだ。そしてその生活は、そ
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