て……。だが一体この話はどう切り出すべきだろう?……。
 乗合自動車は停留所ごとに人溜まりを呑んで、身じろぎも出来ないほど詰め込んだ胃袋を揺《ゆ》す振《ぶ》りながら、ごとごと走った。靄《もや》に包まれた柳並木の濠端《ほりばた》に沿うて、ヘッド・ライトの明るい触角を立てながら、日比谷から桜田門、三宅坂の方へと上って行った。

 銀座はまだ賑わっていた。その裏露路だった。一方はコンクリートの上層建築。一方はトタン屋根のバラック。その薄暗い街燈の下で、婦人は一人の男と立ち話をしていた。男は毛の立ったハンチングを目深に冠って鼠色の二重廻しを着ていた。
「おかしいったらありやしないわ。先方では逆に、いつの間にか私の後をつけているらしい様子なのよ。今頃、また一所懸命に私を見つけてるかも知れないわ、きっと。可哀想に!……」
 婦人は静かに笑いながら話していた。
「実際、おめえの手にかかっちゃ叶わねえな。全くおめえの指は素晴らしい指だよ。俺なんか、今夜はまだ蟇口《がまぐち》一つだ。」
「しかも私のなんか、バスの中でなのよ。先様が一所懸命で私に注意しているそのチョッキの、内ポケットで拾ったんですからね。
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