《と》めるのを肯《き》かずに出て行ったらしい気配なので、世間体《せけんてい》などを考え、どうしても引き止めなければならないと思って庭へ出て来た。
「爺《じん》つあん。そんな無理なごとしねえで、少し休んだらよがあめんがな?」と長作は、やや語調を強めて言った。
「無理ってほどでもねえげっと……拾わねえうぢに、みんな、雀に喰《か》ってしまうべと思ってや。せっかくとったの……」
「落ち穂ぐれえ喰《か》ったって。――そんより、医者さでも掛かるようになったら、なんぼ損だかわかんねえべちゃ、爺《じん》つあんはあ!」
「うむ。それもそうだな、ほんじゃ、おら、今日は、休ませてもらうべかな。」
爺は、眼のあたりを少し赤くするようにして、息苦しい呼吸の間から、申しわけでもするように、吐切《とぎ》れとぎれに言った。そして、また腰をたたいたり、何か言い残したことがあると言うように、口をもぐもぐさせながら、とつおいつ山茶花を眺めていて、容易に家の中に這入《はい》ろうとはしないのであった。
「なあ長作。この山茶花は、ふんとにいい花、咲くちゃなあ!」
「…………」
長作は、爺の方を、白眼で、ちらりと見たきり、なんとも答えずに、腰から煙草入れを抜き取って、煙草に火をつけた。
爺は、ひどく間の悪さを感じた。そこで、足もとへ唾《つば》をして、それから山茶花のまわりを一巡した。
「なんて言ったって、こんだけの山茶花、この界隈《かいわい》に無《ね》えがら……」
「山茶花など、どうだって……それより、早ぐ寝で休んだらいかんべな、爺つあんは。」
長作は、煙草の煙を吐きながら、また、爺の方へ横目を遣った。そして、そこには重々しい雰囲気《ふんいき》が醸《かも》し出された。
爺は、伜の気持ちを繕《つくろ》うようなことを、何か言い出そうとして、口を二三度動かしたが、ただ、口を動かし得たに過ぎなかった。さらに爺は、この山茶花を売って、いくらでも生計《くらし》のたしにしたら……こう言おうと思ったが、それも思っただけで、口に出す前に、伜が、どういう返事をするかが気になった。
「この忙しい収穫期《とりいれどき》、休んだりして……」爺は申しわけのように呟《つぶや》きながら家の中へ這入って行った。
「稼いだって、それ以上に損するようなごっちゃ、なんにもなんねえがら…… まあ、ゆっくり休ませえ。」
長作は、爺の後に跟《つ
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