じゃねえか。」
万《まん》は口を尖《と》げるようにして焼《や》け焦《こ》げだらけの炉縁《ろぶち》へ、煙管《きせる》を叩《たた》きつけるようにしていった。
瞬間、急に戸外が騒々しくなってきて、無数の小さな地響きが戸口を目掛けて雑踏《ざっとう》して来た。万夫婦は、思わず戸口の方へ眼をやった。戸口では急に縺《もつ》れ合《あ》いが始まり、板戸がコトリと鳴って月の出前の薄暗《うすやみ》を五、六寸ばかり展《ひろ》げられた。
「アキの方からチャセゴに参った。」
引き明けた戸口から、石でも投げ付けるように、小さな声が一斉《いっせい》に叫び立てた。万夫婦は吃驚《びっくり》して声も出なかった。子供達の叫び声は続いた。
「アキの方からチャセゴに参った。」
「何を持って参った?」
「銭と金とザクザク持って参った。」
子供達はまたも声を揃《そろ》えて叫び返した。
「そうかそうか。銭と金とザクザクと持って参ったか。そりゃあ目出たいことだ。這入《はい》れ這入れ。お祝いするから、こっちさ這入れ。」
万は夢からでも醒《さ》めたようにして、幾分|周章《あわて》気味に言った。子供達は我先《われさき》と、小突き合いながら、潮《うしお》のように雪崩《なだれ》込んで来た。しかし、その一団の先に立っているのは、万の長男だった。次男も三男も混じっていた。
「なあんだ兵吉じゃねえか。仁助《にすけ》も三吉もか。馬鹿野郎ども。我家さチャセゴに来る奴、あっか。馬鹿|奴《め》。」
万は呆《あき》れて、炉縁《ろぶち》へまたも煙管《きせる》を叩き付けながらいった。
「本当に馬鹿な孩子《わらし》どもだよ。」
妻のおきんもそう言ったが、しかし、部屋の片隅へ餅桶《もちおけ》を取りに立って行った。
「さあさ、ここに並べ。そうでねえと、貴様達は一人で二度も三度ももらおうからな。」
万はそう言いながら上《あが》り框《がまち》へ立って行った。
「俺そんなことしねえ。俺そんなことしねえ。」
子供達は、口々に言いながら上り框へ一列に並んだ。
「駄目だ駄目だ。そんなこと言っても、真《ま》に取れねえ。もらった奴は先に外へ出ろ。」
万はそう言って、妻のおきんが運んで来た餅桶の中から二切れずつの餅を取っては、子供達の手に配《くば》って行った。そして子供達は全部外へ飛び出したが、兵吉と仁吉と三吉とは、父親と母親との顔を見比べるようにし
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