受け持っている教室の前を通らなければならなかった。吉川訓導はここまで来ると、きっと洋服を脱ぐのだった。そして、洋服の襟のところを掴《つか》んで窓枠を叩《たた》きでもするようにして、ばさりと打ちかけるのだった。
 しかし、吉川訓導が洋服を脱ぎ、脱いだ洋服を窓枠に打ちかけるのは農業の実習のときばかりではなかった。実習を見に行く途中、運動場で生徒たちと一緒に汗を流そうというとき、または体操の時間など、吉川訓導は始終シャツ一枚になるのだった。そして、脱ぐ前には何かを案ずるようにして中のもの検《あらた》めるのが例だった。それから大急ぎでボタンを外して、その洋服を窓枠に打ちかけるのであった。すると、ポケットはちょうど状差しのような具合に教室の中へ、窓の下の板壁に垂れ下がるのだった。

       2

 鐘が鳴りだした。正午になったことを知らせているのだった。吉川訓導は教科書を閉じた。そして窓外にちょっと目をやった。窓の外にはひどく落ち葉がしていた。とその時、吉川訓導の頭の中には芸術家的な仄《ほの》めきで、全然思い設けなかった一つの想念が浮かんできた。占めた! 今日もこれで洋服を脱ぐことができるのだ! 彼は心の中でそう叫んだ。
「では本を閉じて……。午後からは農業の実習をやります。ちょうど運動場にひどく木の葉が散らかっているから、これを掻《か》き集めて堆肥《たいひ》の作り方を練習……」
 生徒たちが、わっ! といって騒ぎだした。
「あああ、そう騒いではいけない。運動場の落ち葉を掻き集めて堆肥を作ると、第一に運動場が奇麗になるし、第二には材料費がいらないし、堆肥ができて、堆肥の作り方が覚えられて……」
 生徒たちは一度に笑いだした。
「それで、まず穴を掘らなければならないから、食事が済んだら鍬《くわ》やシャベルを持ってすぐ裏の畑へ集まる。落ち葉のほうは運動場に埃《ほこり》が立つから、午後の授業が始まってからやること。では、すぐ弁当を食べて……」
 こう言って、吉川訓導は教室を出ていった。
 生徒たちはそれから十五分ほどして、裏の畑へ集まっていった。吉川訓導も両手をポケットに突っ込んで教員室を出ていった。そして、吉川は第七学級の教室の前まで来ると洋服を脱いで、窓枠に打ちかけた。

       3

 風が少しあった。窓の前で、落ち葉が金色や銅色に光って散っていた。午後の陽《ひ》
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