どんな感情を抱き合っていたか、いまはそれをはっきりと感ずることができるような気がするのだった。
「でも、房枝さんも、ちょっと思い違いをしている点があるのです」
 しばらくしてから、鈴木女教員は言った。
「わたしが吉川先生の洋服のポケットに手を突っ込んで物を探ったのは本当ですけど、それは蟇口ではなかったのです」
「暮口でなくて、なんだったというんです」
「それはどうぞ、いま、ここでは訊かないでくださいまし。いまに何もかも分かるときがまいります。かわいそうに、この部屋は房枝さんの拷問に遭った部屋ですから、わたしもこの部屋で拷問されたいのですけど、いまはなにも訊かないでおいてくださいませ。あの蟇口をとったのはわたしでもなく、もちろん房枝さんでもなく、それがだれだったかいまに分かるときがまいります」
「いったい、だれなんです! それは?」
「それをお話しするのには、わたしが吉川先生のポケットから何をとったかということからお話ししなければ分からないのです。しかし、わたしはいまのところそれを申し上げにくいのです。わたしの口から申し上げなくても、いまに何もかも分かって、わたしも房枝さんも明るみへ出られるのです。吉川先生が近々のうちに結婚をなさるそうですけど、吉川先生が結婚をなされば、それで何もかも分かりますから」
「え? 吉川先生が結婚すれば分かるんですって? どういうわけです」
「おかしい話ですけど、吉川先生の結婚が、わたしも房枝さんもそんな人間ではなかったことを証明してくれるのでございます。それまでなにも訊かずにおいてください」
「いや、なにもいますぐ聞かしていただきたいとは申しませんがね」
「わたし、これから房枝さんのお墓へお参りに行って、通じないまでもお詫《わ》びを申してまいりたいと存じますから……」
 鈴木女教員は涙を拭《ふ》きながら立ち上がった。

       8

 鈴木女教員はその晩、房枝と同じようにして自殺をした。房枝が帯をかけた鴨居に帯をかけて首を縊《くく》り、机の上に三本の遺書が置いてあった。
 遺書の一本は自分の勤めていた小学校の校長に宛てられていた。他の二本は自分の父親と房枝の父親に宛てたものだった。
 校長に宛てられた彼女の遺書は彼女の公開状ともいうべきもので、長々と書かれていた。そして自分の父親と房枝の父親に宛てた遺書の重要な部分は、いずれも校長に
前へ 次へ
全16ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング