撫でたりした。
「爺様《じんつぁま》。寒くねえんですか?」
私の父は、彼が湯から出て、また炉傍《ろばた》に座って身体を揺り始めた時、やさしいいたわるような声色《こわいろ》で訊いた。
「寒い。寒いが、着物がないから仕方がない。」
再度生老人は、笑いもせずに、真面目《まじめ》な顔で言った。
「そんでも、襖《ふすま》の絵でも描《か》いたら、着物の一枚や二枚は、すぐ出来るだろうがね。」
「それはそうだ。けれども、そんなことを思っていては、ろくな絵はかけんからのお!」
言いながら再度生老人は、白い煙のような頤髯《あごひげ》を撫でた。
私は、そんなことを思うと、どうしてろく[#「ろく」に傍点]な[#「どうしてろく[#「ろく」に傍点]な」は底本では「どうしてろ[#「てろ」に傍点]くな」]絵が描けないのだろうと思った。そんなはずは無いようにも思ったが、この老人の言うことに、間違いは無いようにも思われた。
「わしに、煙草を御馳走してくれるかな。」
再度生老人は、私の父に言った。
「さあ。どうぞ、どっさり……」
父は煙管《きせる》を拭いて彼に渡した。
「わしは、煙草を買う金もないほど貧乏しているのじゃ。しかし、それは苦にならん。わしは、立派な絵を残せればいいのじゃ。あの和尚のような生活は、わしは厭《いや》じゃ。」
彼は、ぱふりぱふりと煙草を燻《くゆ》らしながら、和尚の生活の淫《みだ》らなことや、吝《けち》で、彼には卵を食わせないこと、煙草も買ってくれないことなどを話した。彼の吐く煙が、彼の白い髯と一緒になって蟠《わだか》まる。
「あの和尚は、わしに、しきりに絵を描かせようとする。絵を描いてくれれば、卵も食わせるし、煙草も吸わせるというような素振《そぶ》りを見せる。だがわしは、そんなことをされると、かえって描かん。あんな色魔《しきま》のような坊主に、自分の描いたものをやりたくない。わしはそういう性分じゃ。」
彼は、私達にはわざとらしいように思われる口調《くちょう》で言った。
しばらくしてから、私は、「俺さ、天神様の絵を描いて呉《け》いんか。」と頼んだ。
「天神様の絵とな。どうするのじゃ。」
父が傍《そば》から、私に代わって、私が信仰深い子供で、床の間に天神様の絵をかけて、朝晩それにお燈明《とうみょう》を焚《た》いて、お参りしたがっていることを話した。
「それはいいこと
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