いて見た。
 それは、梅の木の下に立っている菅公の像であった。梅の花の下で、私を凝視《みつ》めているように私には思われた。その真面目な、むっとした顔は、此方《こっち》の心を見すかしているようで、悪い考えを抱いたり、怠けたりすることは、出来ないような気がした。
 私は早速、自分の室の、本箱の上の壁に、飯粒で貼りつけた。そして、仏壇から小さな蝋燭《ろうそく》を持って来て、お燈明を焚いて上げた。
 その晩、貼り紙おば[#「おば」に傍点]が眇の息子を連れて湯に這入りに来た。
「あのね、そら、寺にいた再度生爺様はね、どこがさ行ってしまえしたでは。……」
 ちょっとの間も黙っていられない貼り紙おば[#「おば」に傍点]は語り出した。
「どうしてしゃ?」と私の父が訊いた。
「なうにね、和尚が、やきもち[#「やきもち」に傍点]を焼いででがす。私ね、あの爺様の洗濯をしてやったら、和尚が、そんなごどをするなって、叫び立てたりしてね……」と貼り紙おば[#「おば」に傍点]は饒舌《しゃべ》り立てた。
 なんでも、和尚が貼り紙おば[#「おば」に傍点]のことを悪く言うと、再度生老人が、お前さんはそんなことぐらい許してやれ。お前さんは始終他の女といいことをしてるじゃないか、と言ったのが始まりで、とうとう喧嘩をして、寺を追い出されたと言うのであった。

 私は、再度生老人からもらった天神様の画像に、毎朝お燈明をあげて、お辞儀をしてから学校へ出掛けた。そして、あの爺さんはどうしたろうと、再度生老人のことを思い出さないことはなかった。
 或る日のこと、だしぬけに再度生老人がやって来た。
 その時、私と母とは、火を焚いてあたっていたが、私は、再度生老人は寺を追い出されて、どこへ行っても泊まるところがなくて、私の家に泊まりに来たのだなと思った。で私は、母に、可哀想な老人を、どうぞ泊めてやってくれと頼んだ。
 だが再度生老人は、私の家に這入って来るとすぐに、「あの、この間お前さんに描いてやった菅公の絵を、ちょっと貸してくれ。そら、天神様の絵じゃ。」と言った。
 私は呆気《あっけ》に取られた。きっと取り返されるのかも知れないと思った。それでも、仕方がないので、壁から剥《は》がして来て彼に渡した。
「近頃あるところで、天神様の絵を見たが、どうもわしの描いた天神様は、髯《ひげ》が気に入らんのでの。」と言って、再度生老
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