今年の夏のことなどを思い出しながら、斯う言って、両方の眼をちかちかと潤ませた。
*
翌年の春になると、白い木製の箱樋が、赭土の窪地を乗越えて黒い浮島に渡された。水は用水堀から溝の中へと、どんどん流れ込んで行った。黒い地帯の小作人達は、急に気が弛んで溜息を吐いた。森山もそれで安心した。
「此方でだって、奴等に負けていねえさ。奴等のように資本をかけてやるつもりなら、どんなどこさだって、立派な田圃拵えで見せる。」
併し、幾ら水を引いて来ても、秋になっての結果は思わしくなかった。冷たい水は稲の根を洗ってどんどん逃げて行った。のみならず、水は土地から肥料を盗んで行った。そして黒煙が流れ続き松埃が降り続いたからだった。粘質壌土ではあり、土鼠《もぐら》穴は十分に塞いだつもりだったので、これ以上は手の下しようが無かった。最早、四囲を掘荒されたためからの影響として、地盤が落着き、肥料が土地に馴染むまで、凝《じ》っと待つより他に途が無かった。
「仕方がねえさ! どうも。小作米はいいから、まあ、当分これで続けて見せえ。」
斯う森山から言われて、其処の小作人達は、泣寝入の気持で細い収穫
前へ
次へ
全29ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング