な。一つ、水揚水車を拵えちゃどうでごわす? 窪地に、一っぺい水があんのでごわすから。」
「どうしても出ねえかね? どんなことをしても? 出ねえければ、それゃ、水揚げ水車でもなんでも拵えるより仕方がねえがね。娘を売ってまで小作料を持って来られちゃ、どんなことをしてだって水をあげてやらねえと……」
 森山はそう言って、全く力を落として了ったように、其処へべったりと腰を据えた。
         *
 粘質壌土の田圃の一部が掘崩されて、其処に小さな水揚げ水車が拵えられた。それは人間の足で踏んで水を揚げるように出来ていた。
 森山はその水揚げ水車に上って、雨の日でないかぎり、毎日毎日がちゃがちゃとそれを踏んだ。濁りを帯びた溜水は、鬱屈していた動物のように、どくどくと溝の中へ流れ込んで行った。それを見て、森山は、にやにやと、顔中に嬉しそうな笑いの皺を刻むのだった。
「旦那! 少し俺等もやんべかね?」
 新平等が斯う言っても、森山は肯《き》かなかった。
「なあに、運動のつもりでやってんのだから。」
 併し森山は、炎天が続くと、夜も寝ずにその水車を踏み続けなければならなかった。そして、焼付けるような炎天の下で居眠りをしながら水車を踏んでいることがあった。煉瓦工場からの煤煙が、その上から、ひっきりなしに降った。白い肌襦袢へ、黒い羽虫のように一つとまり二つとまり、夕方までには灰色になるのだった。
「おっ! 森山の且那はどうしたべ?」
 或る激しい炎天の日の午後、田の草を取っていた平吾が、そう言って立った。
「今の先っきまで踏んでだっけがな。ほんとに?」
「居眠《ねぶかき》して、水さ落ちたんであんめえかな?」
 平吾等は、田圃から上って、水揚げ水車のところへ駈けて行った。
         *
 森山が、疲労と睡眠不足との身体を炎暑に煎りつけられて、日射病系の急性|霍乱《かくらん》で死んでから、そこの小作人達は、代る代るに水揚げ水車を踏んだ。
 併し、その翌年からは、誰もそれを踏むものが無かった。例え小作料を計算に入れないにしても、そんなことをして収穫したのでは、とても合わないからだった。都会の大工場が機械の力で拵えた沢山の物を生活に必要としている彼等が、それを買うために、そんな手数のかかる耕作をしてはいられないのだった。だから、そこは畠にするより仕方が無かった。
 黒い地帯は、併し、
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