も洗ってやったらよかんべね。」
松代は応酬しながら寄って行った。
「俺家の鵞鳥、西洋鵞鳥だもの、烏と同じごって、幾ら洗ったって、白くなんかなんねえのだ。松代さんのように、地膚が白くて、洗って白くなんのなら、朝晩欠かさず洗ってやんのだげっとも。」
「知らねえど思って、何んぼでも虚仮《こけ》ばいいさ。何処の世界に、黒い鵞鳥だなんて……」
「嘘だってか? 西洋鵞鳥って、おめえ、随分と高値のするもんだぞ。」
寝転んでいた新平が起上りながら言った。
「幾ら高値でも、松代さんが嫁に行げねえと同じごって、煉瓦場のために、売口が無くて困ってのさ。世間の奴等、俺家の西洋鵞鳥、煉瓦場の松埃で黒くなったのだと思っていやがるからな。松埃で黒くなった松代さんば、地膚がら黒いのだと思ってやがるし……」
「頭が禿げだって知らねえから。」
松代はそう言って平吾の手を撲った。
併し、松代は調戯《からかわ》れながらも彼等の傍を立たなかった。
「本当に、何時まで続くもんだかな? 煉瓦場。――早く止めてくれねえど、本当に困って了うな。桑畠は勿論だども、俺は何時までも鵞鳥が売れねえしさ。松代さんは嫁に行げねえしさ。」
「そんなごとより、俺家では、何時あそごの土地を売られっか、判んねえわ。」
「何処の家でだって同じごった。」
「併し、新平氏、今度はあ容易に廃《や》めねって話だで。」
彼等は、ふざけながらも、真面目に語り合うのだった。
*
煉瓦工場はこれで最早三度目だった。最初は奥羽本線敷設の当時に、鉄板製の低い煙突を幾本も立てて、七年間に亘って黒い煙を流したのだった。そして何町歩かの、最良質の田圃の底が、赤い煉瓦に変えられた。仕事の続いている間、部落の女達は「ぺたぺた敲き」の日傭に出た。職工が煉瓦の型に固めあげた粘土を、崩れないように陽で乾しながら、箆《へら》で敲き固めるのだった。煉瓦を縛る縄を綯《な》って売る者もあった。馬を持っている男達は駄賃に出た。工事列車の通る線路際まで煉瓦を運び出すのだった。――当時の部落の繁昌は、何時までも、彼等の思い出となった。彼等は自分の労力が、土地を通さず直ちに金銭になることを、初めて経験したからだった。そして竈の中に投げ込まれた何町歩かの田圃の底も、別して彼等の自給自足の生活を欠かさせなかったから。
第二期は、陸羽線敷設の当時、九年間に亘った
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