を続けて行った。今によくなるに相違ない! 今によくなるに相違ない! と思い続けながら。
         *
 所が、思いがけなかった大きな負担が、突然彼等を驚かした。水害で、用水堰は、その堤防までも流されて了ったからだ。
 以前には、用水堰が壊れると、煉瓦場附近一帯の田圃を所有している幾人かの地主がその費用を負担し、その小作人達が労力を供給することになっていたのだった。が、今ではその用水堰を必要とする土地と言えば、あの黒い浮島だけだった。当然、森山が一人でその材料費を出費して、僅か三四軒の小作人が、その労力を供給しなければならないのだった。
「旦那!あそこは、もうどうしたって、田圃にしていちゃ合わねえようでがすね。畠にでもして了っちゃどうでがすべ?」
 新平は斯う言ってひどく力を落していた。
 氾濫の激しい荒雄川の急流にコンクリートの堰を突出してまで水を持って来るほどのことだろうか? 森山はそんな風に考えざるを得なくなって来た。無論それは、明日の太陽をあの地帯にのみ望んでいた森山にしてみれば、全財産を傾けても水田として持続して行き度いのであった。
「――で、あそこを畠にして了っても、あんたがたは、やって行げるかね?」
「併し、無理して堰を拵えで見ても……」
「今になって畠にする位なら、あそこを売って、何処かいいどこの畠を買いばよかったのだども。」
 森山はそう言ったきり黙って了った。森山は泣いているのだった。

       四

 雪はまだ降り続いていた。最早五六寸も積っているのだった。戸を開けると、粉雪は唐箕《とうみ》の口から吹飛ばされる稲埃のように、併しゆるやかに、灯縞《ひじま》の中を斜めに土間へ降り込んだ。
「何時まで降る気なんだかな? この雪は!」
 捨吉はそう言って雪の中へ飛出して行った。そして水を汲んで来て、直ぐに竈の下を焚付けた。娘のお房が立って行くので餅を搗こうと云うのだった。誰もその晩は碌に眠れなかった。皆んな一番鶏で起きた。子供達もそれを嗅ぎつけて、どんなに起すまいとしても、寝ては居なかった。
「お母《が》あ! 銭《ぜんこ》けろ。銭けろってばな。姉さ餞別しんのだからや。お母あ!」
 六つになる弟の亀吉が、何処からか餞別と言う言葉を覚えて来て、斯う強請《ねだ》り出した。
「おっ! 亀は、姉さ餞別やって、お土産を貰うべと思って。亀! 俺の銭けんべ
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