交通妨害をしやがって……兎に角、ほんじゃ間違えだで、俺が一升買うがら、一緒に茶屋さ行くべ。あっ? なっ!」
「その手に乗っかい! 法律が言論の自由を許している。糞爺! 犬爺! 猿爺!」
平吾は斯う呶鳴《どな》って置いて、権四郎爺の胸をぐっと突飛ばした。権四郎爺は泥田の中へ蹌踉き落ちた。闇の中から鵞鳥が一斉に鳴き出した。
「西洋鵞鳥でも見物したらよがんべ。」
平吾は、ふふっと笑って、何処へと云うあてもなく駈け出して了った。
「野郎! 人殺し野郎! 法律が許すと思うのが? 平吾の人殺し野郎め! 栗原権四郎に指を触れて、法律が許して置ぐと思うのが? 馬鹿野郎! 犬野郎! 人殺し野郎め!」
権四郎爺は苗代の中の泥から足を抜き抜き、何時までも呶鳴り続けていた。
*
「だがね、旦那! 旦那はそうして眼をかけてるげっとも、宮前屋敷の野郎共ったら、平吾にしろ新平にしろ、乱暴な野郎共ばかりで、今に屹度《きっと》、松埃がかかって収穫《みのり》が悪いがら、小作米を負けてくれとか、納められねえどか、屹度はあ小作争議のようごとを出かすに相違ねえ野郎共だから。そこを、ようぐ考えで。ね、旦那! 年寄は悪いごと言わねえがら。」
「若し、そんなごとしたら、法律が許して置きしめえから、大丈夫でがすべで。」
森山はそう言って微笑んだ。
「法律は、それゃ、勿論許して置かねえにしても、そんなごとさかかわるより、土地ば売って了って、それを資本《もとで》にして、何か店を開いたら、なんぼよかんべ。――第一、土地持ってっと、税金ばかりかかって来て……」
併しそれは、どうしても、森山には頷けない気持だった。
損徳の問題からすれば、土地を売って了って、市街地へ出て商業に投資すべきであることは彼も無論知っていた。遥か以前に、あの煉瓦場附近の土地を売って、それを資本にして市街地に出た人達が、新しく始めた製造業なり醸造業なりで、相当の資財を積んだ実例から見てもそれは明らかなことだった。
同時に彼は、小作人と同じところに盛衰を置いている小地主の自分を判然と知っていた。けれども、労力さえ加えれば永久に米が湧いて来る田圃の底を煉瓦に変えて了うと云うことは、森山には全く堪らない気持であった。
「何んと思っても、売れせんでがすね。」
「じゃ、もう一度ようぐ考えて。――何時かな?」
権四郎爺は、帯の間か
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