。そればかりではなく、例えどこまでにもしろ、無一文で旅をするということは、嘉三郎にはどうしても出来なかった。
嘉三郎は、途中、しばらく躊躇《ちゅうちょ》してから、米問屋《こめどんや》に這入った。ちょうど折よく主人は家にいた。そして嘉三郎はすぐ茶の間へ通された。
「嘉三郎さん! それはいつかの兼元《かねもと》じゃねえかねえ?」
細長い風呂敷包みに眼をやりながら、米問屋の主人は、微笑《えみ》を含んで言った。
「兼元でがすよ。これだけは手放すめえと思ってたんでがすが、東京へ勉強に行っている伜《せがれ》から、金を送れって言って来たんで、とにかく、持って来たわけなんですがな。いつかの話を思い出して……」
嘉三郎は坐りながら挨拶代わりにそう言った。
「そりゃあ、もちろん、送って上げなくちゃなんねえね。私が売ってもらいますべえよ。いつか私が言った値でいいかね?」
「それがですね。私の気持ちでは、出来るなら、売り切りにしたくねえんでね。先祖から伝わってるもので、どうせ私から伜へ伝わって行くものだし、伜の学資のために売ったとなれば、伜も何も文句はねえと思うんですが、伜が成功でもしたとき、またそれが
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