とは、おまえの外套を無断で借り着して行くような間柄だったのか?」
「はい。それは、十何年前からの友達で。」
「すると、全然、過失というわけだな?」
「でも、私は、罰を受けないと気が済みません。」
 こういう言葉が交わきれている間に、佐平は、啜り泣いている吾亮の妻の方へ歩み寄った。
「家を出るとき、あの毛皮を着てたかね?」
 低声《こごえ》にそう言って佐平は訊いてみた。
「今日は、朝出たきりでしたので……」
 彼女は少しも藤沢を疑わなかった。彼の表面をそのまま受け取っているのだった。佐平は巡査のところへ引き返した。
「何《なん》にせ、熊だか人間だか、見分けのつかねえほど、まだ暗くなかったがな。」
 佐平はこう彼等の会話の中に言葉を挿んだ。
「おい! おまえは黙っていろ。今ここで、いいかげんな嘘をつかれちゃ困るじゃないか。」
 巡査は佐平の方に眼を光らせて言った。
「いや、いや、すっかり暗くなってからで……」
「宜し。じゃ、とにかく、今夜のうちに駐在所まで来て、本署まで一緒に行ってもらわねばならんな。この外套《がいとう》を背負《しょ》って。」
「旦那様、私を証人に連れて行ってくだせえ。」

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