肌《きはだ》には真っ赤な蔦紅葉《つたもみじ》が絡んでいた。そして傾斜地を埋めた青黒い椴松《とどまつ》林の、白骨のように雨ざらされた枯《か》れ梢《こずえ》が、雑木林の黄や紅《あか》の葉間《はあい》に見え隠れするのだった。
「ほいや! しっ!」
馭者《ぎょしゃ》が馬を追うごとに、馬車はぎしぎしと鳴《な》り軋《きし》めきながら、落ち葉の波の上を、沈んでは転がり浮かんでは転がって行った。
落葉松林の中の下叢《したくさ》の陰に、一時間も前から息を殺して馬車の近付くのを待っていた若い農夫が、馭者の馬を追う声で起ち上がった。そして猟銃を構えながら、山毛欅の大木に身体を隠して路の方を窺《うかが》った。初老の紳士は、洋服の腕を若い女の背後に廻して、優しく何かを語りかけていた。若い女は軽い微笑の顔で、静かに頷《うなず》くのだった。若い農夫は、一時に全身の血の湧き上がって来るのを感じた。
若い農夫は樹の陰から、五匁玉《ごもんめだま》を罩《こ》めた銃口《つつさき》を馬車の上に向けた。彼の心臓は絶え間なく激しい動悸《どうき》を続けていた。そして、狙いを定めているうちに、馬車はごとりと揺れ、ぎしぎしと軋《き
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