佐平爺の顔を視詰《みつ》めていた眼を、静かに伏せた。同時に顔色が真っ蒼になった。
「何も心配するごとねえ。それだけの度胸と覚悟があるのなら、もっと考えてやるのさ。――貴様は、自分の親父が殺された時の、本当のことを知らねえで、村の作り事ばかり信じてるから、自分の恨みせえ晴らせばいいと思っていんだべが……」
「作り事って、何が裏にあったんだろうか?」
雄吾は再び佐平爺の顔を視詰めた。――嘘つき佐平、で有名な佐平爺は、嘘をつくときには、いつも口尻を曲《ま》げるのが癖だった。併し、その口尻の曲がりは、より話に真実性を持たせるのだった。だが、今日は、口尻を曲げずに佐平爺は言うのだった。
「併し、それにあ、開墾場の最初から話さねば判らねえから……まあ、火でも焚いてあたりながら……馬鹿に寒くなって来たから……」
雄吾は倒れている大木に猟銃を立て掛けて、時雨《しぐれ》に濡れた落ち葉の間に、枯れ枝を探し歩いた。
*
雄吾の父親、岡本|吾亮《ごすけ》がしばらくぶりで自分の郷里に帰って来た。東京で一緒になったという若い綺麗な細君と幼い伜《せがれ》の雄吾を伴《つ》れて。――東京から札幌へ行き、そこで小さな新聞社の記者のようなことをしたり、時には詩なども作ったりしていた彼等の服装や生活は、ひどく派手《はで》なものとして村の百姓達の反感を買ったのだった。
「あんな身装《みなり》して、どこで何していたんだべや? 喧嘩好きで腕節《うでっぷし》の強い奴だったから、碌《ろく》なごとしてたんで無かんべで。」
併しその悪口は、四苦八苦の生活に喘《あえ》いでいる百姓達の、羨望《せんぼう》の言葉だった。
露国との戦争が済んでから間もない頃で、日本の農村は一般に疲弊《ひへい》していた。彼等の村はことにひどいようだった。――稼人《かせぎて》を戦争へ引っ張られた農家の人達は、それまで持っていた土地を完全に耕しきることが出来なかったので、彼等は自分の持ち地にかえって重荷を感じた。のみならず、彼等はどんどん現金の要る時なのに、その収入の道がなかったので、一時土地を抵当に入れて金を借りることを考えた。稼人のない間を金に換えて置いて、稼人が帰って来たら再び自分の手許《てもと》に買い戻す。こんなうまい事はない。彼等は僅かの金で土地を手放した。――併し、いよいよ戦争が済んで稼人が帰って来ても、彼等は再び
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