げ》が判然《はっきり》と浮かんで来た。
 岡本吾亮だ! 藤沢はガンと眩暈《めまい》を感じた。彼は立ち上がりながらテーブルの横に手を伸ばした。臆病な胸が急に騒ぎ出した。彼奴《きゃつ》のために、また滅茶苦茶にされてしまう! 藤沢はテーブルの横から取り上げた猟銃をすぐ動悸の激しい胸に構えた。そして銃口を窓から突き出した。
「おい!馬鹿なことを止《よ》せ!」
 吾亮は右腕を顔に当てながら叫んだ。同時に鉄砲の音が響いた。吾亮は蹌踉《よろ》めいてばたりと倒れた。
 藤沢は部屋の隅から毛皮の外套を取って出て行った。彼は震える手で、微かに動いている吾亮に毛皮の外套を着せた。そして彼は溜め息を吐《つ》いた。併し彼の全身の戦《おのの》きは止《や》まなかった。彼は部屋の中に戻って火箸を持って出て行った。胸の傷口のところへ、外套にも穴を拵《こしら》えるためだった。彼が火箸を叢《くさむら》の中に抛《ほお》ったとき、銃砲の音で一人の作男がそこへ寄って来た。
「おい! 駐在所へ行って来てくれ。早くだ。駐在所へ行って巡査を呼んで来てくれ。大急ぎだぞ!」
 藤沢は無我夢中で叫んだ。若者は声に追い立てられてすぐに駈け出した。そこへ佐平が来た。
「あ、困ったことをしてしまった。大変なことをしてしまったよ。あ、あ……」
 藤沢はこう言いながら溜め息を吐《つ》いていた。
「どうしたのかね? 鉄砲の音がしたっけ。」
 佐平はそう言って屈《かが》み込んだ。
「あっ! 吾亮さんじゃねえか?」
 叫んで佐平は跳《と》び退《の》いた。そして藤沢の顔を、穴のあくほど視詰めた。
「なあにね、岡本さんは、私の居ねえところから、私のこの毛皮の外套を着て出たらしいんですよ。私はまたそれに気がつかなかったもんでね。ちょうど、私はまたその時、今年もそろそろ熊の出る時分だなあ、なんて考えていたんですよ。そこへ岡本さんがこの毛皮を着て来たもんで……とにかく、大変なことをしてしまった。あ、あ……」
 藤沢は溜め息を続けた。佐平は、藤沢のその話の中から、将来に向けた秘密な計画を読み取ることが出来た。佐平は、だが、巡査の来るまでは、何も言うべきではないと、黙り続けていた。
 巡査の来るまでには大分時間があった。そのうちに、四辺《あたり》の小屋から、一人寄り二人集まり、がやがやと吾亮の屍《しかばね》を取り巻いた。やがて焚き火が始められた。そこ
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