取り上げられた積もりで、開墾した人にやると言ったじゃないですか? 何も私等だって、あなたからもらわなくたって、あれだけの難儀をして開墾する積もりなら、いくらでももらわれたんです。ただ、手続きの面倒が省けるから、あなたが、自分の力で開墾が出来なくて、取り上げられてしまう土地をもらっただけじゃないですか。」
「その手続きがね、なかなか金のかかる……」
「手続きに使った金ぐらい出しますよ。併し、小作料なら、一粒だって、一銭だって出せません。あなたが現在使用している土地だって、私達が開墾したからこそ、あなたのものになったんだ。あなたは、それだけの広い土地を自分のものにしただけでも、よすぎるくらいじゃないですか。あなたの、名義でもらったから、あなたの所有地にはなっていても、開墾して耕地にしなかったら、あなたのものにだってならなかったじゃないですか。道庁でだって、開墾したものにくれる意志なんだし……」
「いいです。いいです。私が慾を出したから悪いので、皆さんに差し上げますから、幾らにでも、気の向く値段で権利を買い取って下さいな。」
藤沢はそう言ってまた媚笑いをした。
「金のある時にね。併し、権利は早く私等の方へ移してほしいですね。当然のことなんだから。」
「いいですとも。いいですとも。そんなこと明日にでも。」
言いながら、藤沢は、岡本吾亮のために、長い間の計画が崩されて行くのを感じた。
*
開墾場の小屋を一通り廻り終わると、藤沢は落ち葉を踏み付けて事務所へ戻った。彼は窓際のテーブルに対《むか》った。そして彼はすぐに算盤《そろばん》を弾《はじ》くのだった。――いよいよ取り立てることになると、段当たり七十銭の小作料としても、七百五十町歩だから [#ここから横組み]750×7[#ここで横組み終わり] が五千二百五十円。それから農具の貸し付けが十九軒だから [#ここから横組み]19×5[#ここで横組み終わり] が九十五円。そのほかに、食糧として貸し付けた方から……。
突然、硝子窓の彼方《むこう》に固い兵隊靴の足音がした。藤沢は算盤に手を置いたまま足音の方へ視線をむけた。半分ほど開いている硝子窓の彼方《むこう》を、誰かが此方《こちら》へむけて活溌に歩いて来た。右上がりの広い肩。眼深に冠《かぶ》った羅紗《らしゃ》の頭巾《ずきん》。宵闇《よいやみ》の中に黒い口髯《くちひ
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