し》めきながら方向を更《か》えた。同時に密茂した樹木が車体を隠した。――一面の落ち葉で、どこが路なのか判然とはわからないのだった。馭者は樹と樹との間が遠く、熊笹のないところを選んでは馬首を更えた。その度ごとに偶然にも、馬車は急転して銃口から遁《のが》れるのだった。遁れては隠れ、遁れては樹の陰に隠れるのだった。
幾度も同じような失敗を繰り返しながら、若い農夫は猟銃を構えて、馬車の上を狙いながらその後を追いかけた。馬車は、午後の陽に輝きながら散る紅や黄の落ち葉をあびながら、ごとごとと樹の間を縫って行った。青年は兎のように、ひらりひらりと、大木の陰に移りとまっては、そこから馬車の上に銃口《つつさき》を差し向けるのだった。
突然、山時雨《やましぐれ》が襲って来た。深林の底は急に薄暗くなった。馬車の上の人達はあわてて傘を翳《かざ》した。時雨は忍びやかに原始林の上を渡り過ぎて行った。自然の幽寂な音楽が遠退《とおの》くにつれて、深林の底は再び明るくなった。紺碧の高い空から陽《ひ》が斜めに射し込んだ。明るい陽縞《ひじま》の中に、もやもやと水蒸気が縺《もつ》れた。落ち葉の海が、ぎらぎらと輝き出した。
最早《もはや》、路は原始林の一里半の幅を尽くして、鉄道の通る村里へ近付いていた。機会はここから急転する。若い農夫は鉄砲を提《さ》げて、熊笹の中を馬車の先へと駈け出した。そして、樹陰《こかげ》から路の上に狙いを据えて馬車を待った。
「ほおら! しっ!」
馭者が馬を追う声がして、ぎしぎしと車体の軋《きし》めく音が近付いて来た。間もなく樹の陰から馬の首が出て、胴が見当の上を右から左へと移動した。若い農夫は激しく動悸する胸で、猟銃にしがみつくようにして引き金に指をかけた。約三十秒! とそこへ、左から右へ人影が現れた。アイヌであった。
若い農夫は驚異の眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》り、ほっと溜め息を吐くようにして、猟銃を自分の足|許《もと》に立てた。アイヌはそこに立ち止まって、若い農夫の見当を遮ったまま、珍しい馬車での通行者を、いつまでも見送っていた。機会は、馬車と共に原始林から村里へと駛《はし》って行った。
*
雄吾は猟銃を右手に引っ掴んで、がさがさと熊笹薮の中を戻った。頭だけが興奮していて、脚にはほとんど感覚も力も無いような気がした。どうかする
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