たり、自分もここで養鶏をしたり園芸をして夏から秋を暮らしたいというのだった。
その頃から、原始林の中を抜けて、村里の方から、折々は巡査も廻って来るようになった。ひどく毛虫を怖《こわ》がるという噂のある巡査だった。
或る真夏のことだった。開墾場の人々は、事務所の前から原始林を過ぎて村里へ通ずる路の、路普請《みちぶしん》だった。そして彼等の一団が、原始林の入り口のところで休んでいると、ちょうどそこへ、毛虫を怖がるという若い巡査が廻って来た。肌を脱いで煙草を燻《くゆ》らしながら語り合っていた彼等は、周章《あわて》気味にそそくさと着物に手を通し、無言で深く腰を屈《かが》めた。そしてそこへまた腰をおろした。
若い巡査は軽く頷《うなず》いて、微笑《ほほえ》みながら佐平の方へ歩み寄って行った。そして巡査は言った。
「あの、佐平って言うのは、おまえかい?」
「はい、私が佐平で御座りますが……」
佐平は起きあがって驚きの眼を巡査にむけた。ひくりと口尻を動かして微笑んだ。
「おまえは、この開墾場一の嘘つきの名人だという噂だが、僕の前で一つ、その名人振りをやってみせないかい? おまえの噂は、浦幌の方でも知らない者が無いぞ。おい、僕の前で一つその嘘をついて見ろよ。」
「どうして、旦那様、旦那様の前でだけは……」
佐平は口尻を歪《ゆが》めて眼で媚《こび》笑いをしながら言った。
「誰の前だっていいじゃないか? うむ、一つやってみろよ。その名人振りを……」
「私も、種々《いろいろ》の罪のねえ嘘はつきますが、併し、旦那様の前でだけは……他《ほか》の人なら、ともかくも……」
「構わんと言ったら、他の人につくのこそやめねばいかん。併し、僕の前で、どれだけうまくやるか、試みにやる分には構わん。」
皆は顔を見合わせて、油を搾《しぼ》られている佐平を静かに眺めた。
「どうぞ、旦那様、御免なすって……」
佐平は巡査の背後《うしろ》へと逃げた。巡査は微笑みながら煙草に火をつけた。
「ほおっ!」
突然、佐平が叫んだ。佐平は巡査の背後《うしろ》から一間ばかりも、大狼狽《おおあわて》に狼狽《あわて》て後《あと》に退去《しさ》った。顔は驚きの表情で緊張していた。皆が一斉に佐平の方を見た。佐平は眼をむいて巡査の背中に視線をやった。若い巡査は訝《いぶか》った。
「どうした? 佐平!」
「毛虫でがす! 大っき
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