私はどうも、眼を開いている間は、煙草をどうしてもはなせませんのでなあ。」
 爺さんはそう言って、今度は紺碧《こんぺき》の大空に向けて煙を吐《は》きあげた。
「煙草の好きな方は、夜中に眼を覚ましても、床の中で一服するそうですからね。」
「私のは、それはそれは、それどころじゃないんです。とにかく、夜中だろうが、昼間だろうが、眼を開いている間はこうして煙草を口にしている始末なんで。何しろ、私あ、十五六の時から燻《ふ》かして来たんですから。」
「ではもう、三四十年も呑み続けていらっしゃるわけですね。」
「それさね、早三十五六年にもなりますかなあ?」
 爺さんはそう言って、遠い記憶を思い出そうとするように、軽く眼を閉じた。
「何方《どちら》までおいでになりますかよ?」
 婆さんは、話し相手の出来たのをよろこんでいるように、突然そんなことを訊いた。
「私かね? 私あ、月寒までです。前から知っている牧場で、汽罐《かま》を一つ据え付けたもんですて、そこのまあ火夫というようなわけで……」
「これから寒くなりますから、それは、結構な仕事でございますよ。」
「あまりどっとしないんですがね、何しろこれ。私あ、
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