を、どんなに慰《なぐさ》めることでしょう。長い間を雪に埋もれて、郷里《ふるさと》を憧《あこが》れ、春の陽光《ひかり》を待ちわびている孤独な人達が、そろそろ雪が消えて、斑《まば》らに地肌《ぢはだ》が見えかけて来た時、雪間《ゆきま》がくれに福寿草の咲いているのを見たら、どんなによろこぶことでしょう。そしてはまた、郷里《ふるさと》を想い、自分達の活動を想い、淋しい生活を振り返って、感慨無量《かんがいむりょう》の涙にくれるに相違ないのです。
       ○
 福寿草は、孤独な人々の心をよく知ってくれます。そして慰めてくれます。もうよぼよぼになったお爺さんが、長い白い髭《ひげ》を垂れて日当たりのいい南の廊下で、暖かい陽光《ひかり》を浴びて咲き輝いている鉢植えの福寿草を前に、老眼鏡をかけて新聞を読んでいるのや、北海道辺の新開地の農夫が、木の根の燻《い》ぶる炉《ろ》ばたで、罐詰の空罐に植えた福寿草を、節くれだった黒い手でいじっているのなどは、いい調和です。それは、その人々も淋しければ福寿草も淋しいからです。そして、その人々も光を憧《あこが》れ、春の訪れを待ちわびていれば、福寿草も太陽の燦爛《さんらん》と輝くのを待ち焦《こ》がれているからです。

     梅

 梅の花はなんとなく先駆者《せんくしゃ》という感じです。寒さをおそれず、肌を刺すような北風の中で弾《はじ》けるだけに、なんとはなしに草木の先駆者というような気がします。梅の花の一輪二輪と綻《ほころ》びるころの朝夕は、空気がまだ本当に冷えびえとしていて、路傍《ろぼう》には白刃《しらは》のような霜柱が立ち並び、水溜まりには薄い氷がはっています。私達は冬の長い習慣で、襟《えり》の中にすくんでいる首を、無理に伸ばすようにして、ふところ手のまま見上げるのです。本当に、ふところ手のまま、一輪二輸と綻《ほころ》びかけたのを見上げるのです。
       ○
 梅の花は落ち着いています。本当に沈着《ちんちゃく》な花です。思い切って、一度にぱっと開くことの出来ない花です。梅の花の妙味《みょうみ》はそこにあるのだと思います。あの、早春の鉛色《なまりいろ》の空を背景にして、節《ふし》くれだった、そしてひねくれ曲がった枝に、一輪二輪と綻《ほころ》び初《そ》めるところは、清新《フレッシュ》な、本当になんとも言われない妙味のあるものです。そして又、その時ほど梅の花が純潔《じゅんけつ》に、気高《けだか》く見えることは無いのです。又、まんまるにふくらんだ白い蕾《つぼみ》が、内に燃える発動《はつどう》を萼《がく》のかげに制御《せいぎょ》しながら、自分の爆発する時期を待っているのもいいものです。そして、このとき梅の花は、その中央に抱《だ》く雌芯雄芯《めしべおしべ》の色や、ふくらんだ褐色《かっしょく》の蕾《つぼみ》と調和して、最も質朴《しつぼく》に見え、古典的《クラシック》な感じを与えるのです。
       ○
 梅の花の美的情緒《びてきじょうちょ》は、小鳥をはなして想い描《えが》くことが出来ません。わけても雀です。そしてその時の梅の花は、本当に冴えざえしく見えるのです。小鳥は又、花の香りを嗅《か》ごうとするように、やけに鼻先を突き付けて、さては蕾《つぼみ》を啄《ついば》んだり、花を踏みこぼしたりするのです。そして小鳥たちの歌う歌から、一声ごとに、明るい世界が開けて行き、梅もそれにつれて、花は香りを深め、蕾は弾《はじ》けて行くように思われます。
       ○
 梅の樹は老人くさい木です。あの節くれだって、そしてひねくれているところは、なんといっても頑固《がんこ》なお爺さんです。併し、なんとなく気品のある老人です。それだけ梅の樹には、老人がよくうつります。まず私達は、土器《かわらけ》のように厚ぼったく節くれだち、そして龍のようにくねった梅の木を想い描《えが》くとき、その下に、曲がった腰を杖に支えて引き伸ばし、片手を腰の上に載せた白髯《はくぜん》のお爺さんや、白い頭を手拭《てぬぐ》いに包んで、鍬《くわ》の柄《え》を杖に、綻《ほころ》びかけた梅の花を仰いでいるお爺さんを想い描かずにはおられないのです。そしてそれは、決して美的な空想ではなしに、私達は奇妙なほど、ひねくれ曲がった梅の樹に、老人のつきまとっているのを見るのです。
       ○
 梅の樹の、最も私達の美的情緒《びてきじょうちょ》を惹《ひ》くのは、なんといっても、やはりその樹形《じゅけい》の節くれだってひねくれているところだと思います。利鎌《とがま》のような月の出ている葡萄色《ぶどういろ》の空に、一輪二輪と綻《ほころ》びかけている真っ直ぐな枝の、勢いよく伸びているのもいいものです。ですが、その若い枝の根元《ねもと》から、私達は、ひねくれながら横へそれている老
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