も同意見らしく何も言わなかった。
「いや、こっちへ来ないんだろう。僕の考えでは、むしろ喜んでいて、今に汽笛を鳴らして通ると思うな。和睦《わぼく》の汽笛を」
傍からいつもこう言うのは信号係の西村だけだった。西村は秋子を慰めようとするのだった。
「汽笛どころか、今に会いに来るよ。怒るときには怒っても、親じゃないか」
「私、逢《あ》いに来てくれなくてもいいから、許してだけくれるといいんだわ。私だって、親から許された柴田の妻で死にたいわ。許した証拠に、汽笛だけでも鳴らしてくれると……」
彼女は、そうして湧《わ》き出る涙を拭《ふ》く力さえも失っていた。黒い幕は目前に近付いている気がするのだった。
「死んで行く者を、許してくれたっていいと思うわ。今になって、私の方で、折れるわけにはいかないじゃないの」
秋子は恨みがましく呟《つぶや》くのだった。貞吉は無言で傍から彼女の涙を拭《ぬぐ》ってやるのだった。
遠方信号が赤だった。吉川機関手は眼をむいて拡大鏡から前方を見詰めた。そして、レギレーターを戻した。もし信号機に故障があれば、暗闇の信号所で青い提燈《カンテラ》を振り回すはずだ。
列車は遠方
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