日がかりで刈ることになっていた。併し、今朝は、彼女は不思議にも、いつもの二倍も刈って帰って来た。
「これなら婆《ばば》さん、今朝は、半分やっていがんべ?」と彼女は、濁しかけた言葉を巧みに言い更《か》えた。
「いいども、爺《じん》つあんはあ、なんぼか悦ぶべ。」
「ああ、暑かった。」
菊枝は、もう一度こう言って、まだ赤くなっているその顔を、手で拭きながら、婆さんと一緒に馬小屋の前をはなれた。
「冷《つめ》てえ、井戸水で面《つら》洗って。もうお飯《まんま》はあ出来でっし、おつけも、この茄子せえ入れればいいのだから、早く食ってはあ。――片岡さ行ぐのに遅ぐなんべ。」
婆さんはそう言い捨てて、茄子を洗いに井戸端へ行った。
二
爺さんは、むっつりと、苦虫を噛みつぶしたような面構えで、炉傍《ろばた》に煙草を燻《ふ》かしていた。弟の庄吾は、婆さんの手伝いで、尻端折《しりはしょ》りになって雑巾《ぞうきん》掛《が》けだった。
「爺つあん、今日は、午《ひる》めえは草刈っさ行かねってもいいぞ。」と菊枝は、土間を掃こうと箒を取りながら言った。
「俺あ今朝、午《ひる》の分まで刈って来たから……」
「あ、そうが! そいつは大助がりだ。」
爺さんは、初めて無愛想な面構えをほどいた。菊枝も大変嬉しかった。
この爺さんは、昔は非常な働き手だった。二人前出来ないことは、たった一つ、使い歩きだけで、いっぺんに、西へ行ったり、東へ行ったりすることが出来ないから……と言われたほどの働き手だった。事実どんな仕事でも、大抵は二人前近く働いたものだった。が爺さんは、老衰の峠を越してから、急に怠《なま》け者の中へ数えられるようになった。
それでも爺さんは、倅《せがれ》の春吉と、孫の菊枝とが、毎日のように日傭《ひでま》稼ぎに行くので、僂麻質斯《リュウマチス》の婆さんに攻め立てられ、老衰した身体《からだ》を、まるで曳きずるようにして、一日に二回ずつは、草を刈りに出なければならなかった。
「ふんとに俺は、棺桶《がんばこ》さ入《へ》えるまで、こうして稼がねえばなんねえんだな……」
こう言って爺さんは、毎日草を刈りに出なければならなかった。あんなに働いた爺さんだったけれども、いくら若い時働いたことを、今の若い人達に自慢して見たところで、爺さんは、金鵄《きんし》勲章《くんしょう》も、恩給証書ももらってい
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