?」
 春吉は立ち止まって煙草に火をつけた。菊枝は横から黙ってお辞儀をした。
「俺どこの、豊作の野郎め、東京さ逃げだべって話でね。そんで、停車場さ行って見だのしゃ。もし昨日、上野まで切符買った奴あるが無《ね》えが……」と言って、彼も煙管を横にくわえた。
「はあ! 豊あんこ、いねえのがね?」
「昨日出たきり帰《けえ》らねえので……停車場で訊《き》いたら、上野までの切符、七、八枚も売れだのだぢがら、見当が付かねえもね。」
 彼は、ちょっと唇を噛むようにして眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ったが、ぺっと道路に唾《つば》をした。菊枝は顔を赤らめて、下水を越え、田圃の畦《あぜ》を川べりの方へやって行った。
[#地から8字上げ]――大正十五年(一九二六年)『文藝戦線』
[#地から2字上げ]十一月号所収『逃走』[#「『逃走』」は底本では「「逃走』」]改題――



底本:「佐左木俊郎選集」英宝社
   1984(昭和59)年4月14日初版
入力:大野晋
校正:しず
1999年10月18日公開
2005年12月19日修正
青空文庫作成ファイル:
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