。
私はその後も、折々停車場へ出掛けて行った。その帰り途、私はきっと、あの時彼が歌ったあの歌を、低声《バス》で歌って見たものであった。
[#ここから2字下げ]
停車場の、地図に指あて故里と
都の距離をはかり見るかな。
[#ここで字下げ終わり]
この歌を私は幾度も繰り返した。繰り返しているうちに、私の歌はいつか、泣き声になっていた。そして、睫毛《まつげ》に涙のちかと光っているのを意識したものであった。
今では、もう停車場へ出掛けるようなことはなくなった。
けれども、夏が来て、八百屋の店頭に赤いトマトオが積みあげられ、水色のキャベツが並べられ、白い夏大根が飾られる頃になると、私は今でも、彼のあの歌を思い出すのである。
[#地から2字上げ]――大正十五年(一九二六年)『若草』十二月号――
底本:「佐左木俊郎選集」英宝社
1984(昭和59)年4月14日初版発行
初出:「若草」
1926(大正15)年12月号
入力:大野晋
校正:鈴木伸吾
1999年9月24日公開
2003年10月21日修正
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