ていてくれ」
 正勝はそう言いながら、蔦代の死体を静かにそこに倒しておいて寝室へ戻っていった。
 紀久子は猟銃を手にして激しく心臓を弾ませながら、そこにわなわなと、真夜中の冷気に顫えていた。
 正勝は喜平の死体を抱えて、ふたたび戻ってきた。そして、その死体をそこの熊《くま》の皮の上へどんと倒した。同時に、寝室からそこへ運んでくるまで寝巻の端で押さえられていた喜平の胸の傷口からは、ふたたびどくどくと血が湧《わ》いて流れた。
「蔦の傷口からは血はもう出ねえから、こうしておかねえと?」
 正勝はそう言って、そこの熊の皮の上に多量の血が流れ落ちるのを待った。紀久子も黙って心臓を噛《か》まれながら、じっとそれを見詰めていた。
「紀久ちゃん! 場合によっちゃ、あん時、蔦がおれたちと一緒に帰ったかどうかってことが問題になるかもしれねえが、そん時、どうしようかな? 途中までは一緒に来て、途中から逃げたのでそのままにしておいたことにするかな?」
 しかし、紀久子はそれにはなにも答えなかった。彼女はただ目だけを光らせて、呆然《ぼうぜん》として正勝の顔を見詰めていた。
「停車場から、おれたちが蔦を一緒に連れ
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