喜平のその肉の仮面を肉づきのままに引き剥《は》ぐべく、爪《つめ》を研ぎ澄ましているのだった。
 喜平はじっと正勝を見詰めつづけ、正勝がもし何か喚《わめ》きだしたら、その細長いしなやかな鞭をもってすぐにも殴りつけようとしているのだった。火のような昂奮《こうふん》をもって、喜平は第二の爆発の動機を待ち構えているのだった。
 狂暴な嵐の中の瞬間的な静寂のような沈黙だった。偶然に均衡を得た一つの機構が、わずかの間をどうにか崩れずにいるような、瞬間的静止状態であった。なお大きく恐ろしく爆発しようとして……。そして二人の間には沈黙が続いた。

 隣室の沈黙につれ、紀久子はその身体《からだ》を婆《ばあ》やの手に委《まか》すようにした。婆やは紀久子の肩に手をかけて、ベッドの上へ静かに寝かした。そして、紀久子はベッドの上でじっと目を閉じたが、恐怖の嵐がその身内を駆け巡っていた。
(正勝さんはあのことを言ってしまうのだわ。あの秘密を言おうとしているのだわ。あの秘密を……)
 紀久子は心の中に呟《つぶや》いた。彼女は渦巻き吹き捲《まく》る恐怖の嵐のために、胸が裂けてしまいそうだった。そして、彼女はじっと目を
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