の人がお父さまの前に引っ張っていかれて、お父さまからひどく叱られたら、わたしのあのことを言ってしまいやしないかしら?)
紀久子は恐怖に身を顫わした。いまの場合に正勝が父の部屋へ引っ張っていかれて叱られるということは、紀久子にとって、自分の犯罪の証人が裁判官の前へ引き出されていくのを見るよりももっと苦しかった。紀久子はできることなら、正勝をどうかして父の前へ出したくなかった。正勝の過失を引き受け、正勝の立場に代わり、なんとかして正勝を叱らせたくなかった。
(サラブレッドが怪我をしたのだって、あの人が悪いのじゃなくてわたしが悪いんだもの。わたしがあの時あそこへ出ていかなかったら、どの馬も狂奔なんかしなかったんだもの。結局、怪我をさせたのはわたしなのだわ)
紀久子のそういう気持ちは、恋をしている少女が恋人の罪を引き受けようとする気持ちにさえ似ていた。紀久子は何物に代えても、正勝がその過失の責めから免れて父から叱られずに済むようにしてやりたかった。
(言ってやるわ。お父さまに言ってやるわ。サラブレッドに怪我をさせたのはあの人ではないんだもの。わたしなんだもの。それだのにあの人を叱るなんて、
前へ
次へ
全168ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング