しまえばすぐもう熊に食われてしまうだろうし、熊に食われなくたってすぐもう雪が積もるから、来年の四、五月ごろになって雪が消えてから発見されても、自分で谷へ落ちて死んだのか鉄砲で殺されたのか、そのころには全然分からなくなっていますよ」
「正勝ちゃん! では、わたしの罪を庇《かば》ってくれるの?」
「紀久ちゃんにはおれの気持ちが、おれが紀久ちゃんをどんなに想《おも》っていたかってこと、分からないのかい?」
「分かってよ。ご免なさいね、いままでのこと許してね」
 正勝はもうなにも言わなかった。彼は黙って馬車から飛び降りた。そして、すぐ妹の死体を抱き上げたかと思うと、それを崖際《がけぎわ》へ持っていって、谷底を目がけて投げ込んだ。そして、蔦代の死体は岩角に突き当たり突き当たり、深い谷底へと雑草の間を転がり落ちていった。どこかでふた声三声、高く鷹《たか》が鳴いた。
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   第二章

       1

 森谷牧場主の邸宅は、高原放牧場のほとんど中央の地点にあった。緩やかな起伏がひと渡り波を打って過ぎた高原地帯の波形の低い丘を背にして、なおその下の放牧場をひと目に見下ろせる中階段の位
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