こつと檻《おり》の中の熊《くま》のように歩き回った。胸が爛れているばかりでなく、彼の頭の中は火の玉のように激しい憎悪の炎でいっぱいだった。
「おれに何か用かい?」
 突然に露台の下に来て、正勝は怒気を含んで大声に言った。敬二郎は驚きの表情で顔を上げた。正勝はその手に鞭《むち》を握っていた。
「用があるから呼んだのだ!」
 敬二郎の目は正勝の手の鞭に走った。怒気と恐怖とを含んだ目? 敬二郎は爛々《らんらん》と目を輝かしながら、正勝をじっと見詰めた。
「何の用かね?」
 正勝はとんとんと露台へ上がっていった。
「紀久ちゃんを勝手に呼び出したりするのは、よしてくれ!」
 敬二郎は激しく心臓が弾んで、言葉が途切れた。
「きみにはいったい、そんなことを言う権利があるのか?」
「権利があるから言うんだ。紀久ちゃんは、ぼくと婚約している女だ。婚約のある女を勝手に呼び出したりするのは、紳士のやるべきことじゃない。今後はよしてくれ」
「おりゃあ紳士じゃねえよ。そんなこたあおれに言わねえで、紀久ちゃんに言ったらいいじゃねえか? きみの女房になる女なら、何だってきみの言うことは聞くだろうから。しかし、どうも
前へ 次へ
全168ページ中151ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング