。しかし、蟇口の中には二、三十円きり入っていなかった。正勝はすぐ立ち上がって、土間の隅から焚《た》きつけにする白樺《しらかば》の皮を持ってきた。
「とっつぁん! 硯箱《すずりばこ》を貸してくんなよ」
 そして、正勝はテーブルの前に席をとった。
「正勝さん! おれも一つお願いがあるのでがすが……」
 与三爺《よさじい》が低声《こごえ》に言いながら寄っていった。
「この夏、はあ馬を殺してしまって、なんともかんとも困ってるのでがすが、おれもできれば百円ばかり貸していただきてえもんで……」
「百円? 金はいいが、馬を買うのなら馬でやってもいいが……」
「やっぱり、金で貸していただいて……」
「それじゃ、いまここへ持ってこさせるから」
 吾助爺がそこへ硯箱を持ってきた。
「爺さん? 五、六本ばかり熱くしてくれ。それから、みんなの分を何かご馳走《ちそう》を拵《こさ》えてくれよ」
「それじゃ、鶏《とり》でも潰《つぶ》すべえかい?」
「鶏でいい」
 正勝はそして、筆に墨を含ませた。
「正勝さん! おれのとこでもね、雑穀問屋から借金をしてるのですがね。それを今年じゅうに是が非でも返せと言うのでがすがね。
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