いにちげえねえ」
「でも正勝さんの話じゃ、正勝さんを好いているらしいんだがなあ。今度も敬二郎さんのほうへは音沙汰《おとさた》をしないで、正勝さんにだけ手紙を寄越したり、電報を寄越したりしたらしいんだが……」
 吾助爺は目を擦《こす》りながら、ぼそぼそと言った。
「そりゃあお嬢さまにしてみれば、自分が正勝さんの妹を殺したんで、申し訳がねえように思っているんだろう。それで、正勝さんにだって悪い顔はできねえのさ」
「しかし、顔や姿は敬二郎さんのほうが立派かもしれねえが、人間の出来からいったら正勝さんのほうが上じゃねえかなあ?」
「どっちにしても、おれらのためにゃあ正勝さんだよ。いくら姿ばかり立派でも、敬二郎の野郎じゃ糞《くそ》の役にも立たねえから」
「それはそうよ」
 彼らは馬車を見送りながら、話しつづけていた。
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   第八章

       1

 空は朝から群青に染めて晴れ渡っていた。風もなく、冬枯れの牧場には空気がうらうらと陽炎《かげろう》めいていた。紀久子と敬二郎とは馬に跨《またが》って、静かに放牧場の枯草の上を歩き回っていた。
「……どうもそれだけが、ぼくには頷《
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