泣いていた。
「いったい、どこへ行く気なんだい? え? 蔦代!」
 それにも、蔦代はもちろん答えはしなかった。
 沈黙がふたたび馬車の上を襲った。馬車はごとごとと走った。鞭がときどきぴゅっと鳴った。

       4

 馭者台の正勝は鞭を振り上げては馬を追うだけで、ただのひと言も口を利こうとはしなかった。彼は単なる馭者としての役目を果たしているだけだった。そこに妹の蔦代がいて、その身の上についての詮議《せんぎ》が進められているのに、彼はそれに対しても耳さえ傾けてはいないような様子だった。少なくとも、正勝は馬車の上の三人の席と馭者台とを、全然別の世界にしているようだった。
 しかし、正勝は馬車の上の詰問に対して、なんらの関心をも持っていないのではなかった。妹の蔦代の啜り泣きに正勝の心は涙を流していた。紀久子の親切めく言葉を軽蔑《けいべつ》し踏みにじっていた。繰り返しての詰問に対しては抗議を叩きつけていた。
(蔦代がどこへ行こうと勝手じゃないか?)
 正勝は心のうちに叫んだ。
(他人の意志までも自由にすることができるもんか。蔦代には蔦代の意志があり、おれにはおれの生命《いのち》を懸けて
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