、それこそ余計なお世話だったんだ」
「余計なお世話だと? 余計なお世話かはしんねえが、もしあん時にだれも世話する者がなかったら、てめえら母子《おやこ》はどんなになっていたか、それを考えてみろ!」
「ふん! そんなこたあさんざんぱら考えていらあ。おれらの親父は何のために死んだか? だれのために殺されたか? そして、お袋はおれらを育てるためにどうしたか? なぜ自殺したか? だれのために自殺したか? そんなこたあ何もかも知っていらあ。おれらの親父は過ってあの谷底へ落ちたんでも、自殺したんでもねえんだ。突き落とされたんだ。自分の財産のために、自分の財産を肥やすために、おれらの親父を突き落とした奴《やつ》がいるんだ。おれらの親父は開墾地の小作人たちのために、正義の道を踏もうとして地主の奴から谷底へ突き落とされたってこたあ、おればかりじゃなく、だれだって知っていることなんだ」
「地主のために? てめえはそれじゃ、てめえの親父を殺したのがおれだっていうのか?」
喜平はさすがに顔色を変えながら叫んだ。
「もちろん!」
正勝は鋭く太く叫び返した。
「そんな馬鹿なことがあるもんか? てめえの親父とおれとは、兄弟のようにしていたんだぞ」
「兄弟のようにして、ほとんど共同事業のようにして牧場と農場とを始めて、それが成功しかけてくると、相手がいたんではそれから上がる利益が自分の勝手にならねえもんだから邪魔になってきて、そのためにってこたあだれだって知っているんだ。利益の分配のことについてだけだったら、場合によっちゃあ秘密に隠しおおせたかもしれねえさ。しかし、おれらの親父は小作人たちには味方していたんだ。小作人たちが内地から移住してきたときに、開墾について小作人たちに約束したことは、生命《いのち》に懸けても枉《ま》げようとなんかしていなかったんだ。開墾地の人たちが自分のものとして開墾したところはあくまでもその人たちのもの、地主の耕地として開墾したところは地主のものって区別をはっきりと立てていたんだ。それを欲の皮を突っ張って、自分の名義で払い下げた土地だっていう口実で、当然開墾地の人たちの土地であるべきところまで小作制度にしようとしたんじゃねえか? それにゃあ、仲へ立って小作人たちの味方になって正義の道を踏んでいこうとするおれらの親父が邪魔になったんだ。邪魔になったから狩りに連れ出して谷底へ突き落として、過って落ちたんだとか自殺したんだとか、なんとかかんとかいうことにしてごまかしてしまったんじゃねえか?」
「正勝! てめえは本当にそう思っているのか?」
喜平は顔色を変えて、わなわなと身体を顫わせながら叫んだ。
「もちろん!」
正勝も身体を顫わせながら叫んだ。
「もちろんさ! いまの様子を見ても分かることなんだ? 開墾した土地の半分くらいは自分の土地として貰《もら》えるはずで内地からはるばる移住してきた人たちが、自分の土地ってものを猫の額ほども持たねえで、自分たちが死ぬほど難儀して開墾した土地さ持っていって、高い年貢を払って耕しているじゃねえか?」
「何を馬鹿なことを吐かしているんだ。てめえなんかに分かることか? 馬鹿なっ!」
「そして、おれらの親父が死んでお袋が生活に困りだすと、おれらが子供でなにも分からないと思いやがって、お袋が生活に困っているのに付け込んでお袋を妾《めかけ》に、妾にして、子供まで孕まして……」
「嘘《うそ》をつけ!」
「嘘なもんか! おれらのお袋はそれを恥じて自殺したんだぞ。子供まで孕ましておきながら、ろくに食うものも宛《あてが》わねえで、自殺してからおれらを引き取って何になるんだ。おれらを引き取ったのだって、育てておいて扱《こ》き使ってやるつもりだったのだろう」
「なんだと? 育てられた恩も忘れやがって……」
「何が恩だ? おれらの親父はきさまの財産のために生命をなくし、そしてお袋はきさまの色事のために生命をなくしているのに、何が恩だ? 恩を返せっていうのか? そんな恩ならいつでも返してやらあ」
「この馬鹿野郎め! 黙っていりゃあとんでもねえことばかり吐かしやがって! てめえのような奴は出ていけ! てめえのような奴は置くわけにいかねえから」
喜平は鞭を取って、書卓の上を殴り散らしながら叫んだ。
「もちろん出ていく!」
「いまのうちに出ていけ!」
「出ていくとも」
正勝は喜平を睨みながら立ち上がった。
「すぐ出ていけ!」
「出ていくとも! その代わり近々のうちに恩を返しに来るから、忘れねえでいろ、貉親爺《むじなおやじ》め!」
正勝は喜平を睨みつけながら、捨科白《すてぜりふ》をして部屋を出ていった。
隣室の激しい爭いにじーっと耳を立てていた紀久子は、正勝が出ていくと急いでベッドを下りた。そして、紀久子は自分の用箪笥《よう
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