れで段取りは終わったわけだ」
正勝はそう言いながら戻ってきて、蔦代の死骸を抱き起こした。
「蔦がこの部屋まで、短刀を振り上げながら紀久ちゃんを追いかけてきたわけなんだ。そこで紀久ちゃんは正当防衛として、その鉄砲を取って蔦を撃ち倒したというわけなんだ。おれがこうして押さえているから、紀久ちゃんは蔦の傷口に銃先《つつさき》をつけて撃ってくれ」
正勝はそう言って蔦代の死骸を直立させ、その手を振り上げさせた。
「紀久ちゃんは、鉄砲を撃てるだろう?」
「撃てるわ」
「それじゃ、銃口を傷口へつけて引金を引いてくれ。そして、紀久ちゃんが鉄砲を撃ったら、おれはすぐこの部屋を逃げ出していくから、だれかが鉄砲の音を聞きつけてこの部屋さ入ってくるまで、紀久ちゃんは大変なことをしたというような顔をしてこの部屋から動かねえでいればいいんだ。おれは真っ先に入ってこないで、なにかこう、都合のいいように拵《こしら》えるから」
正勝は蔦代の死骸の横に立って、その銃口を傷口のところへ持っていった。
「それじゃ!」
「いい?」
「いいよ」
瞬間! 銃声は轟然《ごうぜん》と窓ガラスを震わして鳴り響いた。
正勝は手早く蔦代の死骸を熊の皮の上の血溜りの上へ、ちょうどその傷口のところがつくように倒しておいて、戸外へと駆け出していった。
2
銃声が轟然と真夜中の薄闇《うすやみ》を揺り動かした。どこからか急に犬が吠《ほ》えだして、そしてその一匹の犬が鳴きやむと、またどこからか別の犬が吠えだした。
「熊だあ!」
だれかが暗がりの中で高く叫んだ。
「熊だあ! 熊だあ!」
どこからともなく声が続いた。暗がりの中に人影が動いた。犬が吠えつづけた。
「熊だあ! 馬に気をつけろ! 放牧の馬を気をつけろ!……」
「どっちへ行った!」
「その辺にいるらしい!」
足音が乱れた。
「弾丸《たま》は当たっているのか?」
炬火《たいまつ》が暗闇の中に模様を描き出した。
「どっちへ行ったんだあ?」
石油缶が激しく鳴りだした。人々が叫び合った。板木を叩《たた》き鳴らす音が続いた。
「おーい! どっちへ行ったのか分かんねえのか?」
「いったい、弾丸を食らっているのか?」
「それより、熊を見たのはだれなんだ」
足音が暗がりの中をぞそっと寄った。
「鉄砲が鳴ったじゃねえか?」
だれかが言った。
「鉄砲が鳴
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