にいるんだから、安い馬か高い馬かぐらいは知っているだろう」
「それは……」
「それみろ! てめえは浪岡が高価な馬だってことを知っていて、わしへの腹癒《はらい》せにわざと怪我をさせたんだろう?」
「そんな……そんな……」
「とにかく、てめえは蔦が逃げていったのを、わしらが苛《いじ》めたからだとでも思っているんだろう! 正勝!」
 喜平は鞭をしなしなと撓《たわ》めながら言った。
「…………」
 正勝は顔を伏せたまま、答えなかった。
「てめえはそう思っているんだな? 思うなら勝手に思うがいいや。しかし、いくら腹癒せだからって程度があるぞ。浪岡は五百や六百の金じゃ買える馬じゃねえぞ。投げて千二、三百円、客次第で、三千円ぐらいにだって売れる馬なんだぞ。それを怪我させて……」
「でも、死んだというわけじゃねえんで、血管が切れただけなんですから」
「血管が切れただけだからいいというのか? たわけめ!」
 喜平はそう言って怒鳴りながら、怒ったときの癖で鞭をまたぴゅっと打ち鳴らした。
「それも今日、買手が見に来るっていうんだぞ。怪我をしている馬に、だれが買手がつくもんか。千円、二千円となりゃあてめえなんか、一生かかったってできるかできねえか分かりゃしめえ。それを……」
「馬鹿正直に働いていたんじゃとても……」
「なにを? 馬鹿正直に働いていたんじゃ? ちぇっ! 利巧に立ち回ればできるっていうのか?」
「利巧に立ち回って悪いことでもしねえかぎり、おれだけじゃなく、だれにだって!」
「何を言ってやがるんだ。屁理窟《へりくつ》ばかりつべこべと並べやがって。いったい、てめえらはだれのお陰で育ったと思っているんだ? それも忘れやがって、わしに腹癒せがましいことができると思うのか?」
「旦那《だんな》! 旦那は少し思い違いをしているようですけど……」
「思い違い? 何が思い違いだ? てめえ、とにかくそこへ手を突いて謝れ!」
 喜平は長靴の踵《かかと》で荒々しく床を蹴った。正勝は唇を噛《か》んで、じっと喜平の顔を見詰めたまま黙っていた。
「謝るのがいやなのか? 謝る理由がねえというのか? 正勝!」
 喜平はもう一度、荒々しく床を蹴った。
「謝るのがいやなら出ていけ! この牧場から出て、てめえの好きなところへどこへでも行け! すぐ、いますぐ出ていけ!」
「はあ! いくらでも出ていきますがね」
「すぐ
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