る。次に、敬二郎をやっつける機会を安全に持つことのできるような方法は……)
 正勝は考えるのだった。
(そうだ! そうすればいいんだ!)
 ある一つの想念が、彼の頭を掠《かす》め去っていった。
(おれは木の枝へ引っかかったことにすればいいんだ。紀久子を乗せたまま馬車は谷底へひっくり返しておいて、おれはあとから馬車が墜落していった跡の木の枝へ引っかかっていて、だれかの通りかかるのを待っていればいいのだ)
 彼はそう考えて、急に勇気づいてきた。同時に心臓の鼓動が激しくなってきた。全身の活動力がその考えに向かって集中してきた。

       7

 馬車はふたたび原生樹林の中に走り込んだ。
 突然に山時雨《やましぐれ》が襲ってきた。紀久子は狼狽しながらパラソルを広げて、その中に蔦代をも引き入れた。原生樹林の底は急に薄暗くなってきた。時雨は闊葉樹林の上に幽寂な音楽を掻《か》き立てながら渡り過ぎていった。馬車は雨に濡れ、雨に叩き落とされる紅や黄の濡れ葉を浴びながら、原生樹林の底を走った。
 やがて、幽寂な山時雨の音が遠退《とおの》くにつれて、原生樹林の底はふたたび明るくなってきた。孔雀青の高い空から陽が斜めに射《さ》し込んだ。玻璃色の陽縞《ひじま》の中にもやもやと水蒸気が縺《もつ》れた。樹木の葉間《はあい》にばたばたと山鳥が飛び回った。落ち葉の海が真っ赤に、ぎらぎらと火のように輝きだした。正勝の心臓はどきどきと激しく動悸《どうき》を打ってきた。
「あら! ずいぶんどっさりいるのね」
 紀久子は樹木の枝を見上げながら言った。蔦代もその言葉に釣り込まれて目を上げた。濡れ葉を叩きながら、山鳥は幾羽も枝から枝に移り飛んでいた。紅や黄の濡れ葉がぎらぎらと午後の陽に輝きながら散った。
「正勝! あれ山鳥なの?」
「さあ?」
 正勝は気のない返事をした。
「きっとあれは山鳥よ。わたしでも撃てそうね。撃ってみようかしら?」
 紀久子はそう言って横から猟銃を取った。そして、弾嚢帯から弾丸を銃に込めた。
「正勝! 馬車をちょっと停めてよ。わたしだって撃てると思うわ」
 馬車が停まると、紀久子は微笑《ほほえ》みながら立ち上がって樹上に狙いをつけた。紀久子の戯れだった。狙いは続いた。
 じっと紀久子の様子を窺《うかが》っていた蔦代は、その隙に乗じて包みを取って馬車から飛び降りていこうとした。
「蔦
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